Main2

□2
12ページ/31ページ




水が滴る。
深い青を湛え丸みを帯びた装甲に当たり、踊るように大小に砕け跳ねた。
機体に付着したそれはすぐに丸みを形作り、しかし次の瞬間には重力に引かれて
伝い落ちていく。
幾粒も、幾粒も、滴っては流れていく。
視界がけぶる。湿度があがる。機体のファンが調整を始める。
空気が潤う。空と大地の間に熱が逃げ場をなくす。
雲の向こうから届く光は、間のものに邪魔をされてその力は弱い。
その中に、瞬くように小さな光が辺りを照らした。



垣間 1



「悪いな兄貴、濡れちまってる」
「かまわん、問題はない」
木の幹によりかかりながら、フラッシュマンは傍に立つ機体を見上げた。
その深い青い装甲に纏いつく水滴を軽く払おうとすると、彼より大きな手が
気にするなとそれを止める。
フラッシュマンと、彼の四つ上の兄機体、エアーマンは今、基地から離れたとある山にいた。
満開の桜の終わり頃。それを撮りたいというフラッシュマンの要望をエアーマンが
きき、遠出に力を貸したのだ。しかし撮影の途中に雨がふり出したため木陰に
駆け込み、止むのを待って今に到る。大して問題はないが、無駄に濡れないに
こしたことはない。
「にしてもまいったな…気圧も安定してたってのによ」
「そうだな。それより、写真はもう良いのか?」
「ん? んー…まあ、結構撮れたしな。この雨で今年は散っちまうだろうし、
 すぐ葉っぱになるだろうな。今日来れてよかったぜ。サンキュな、兄貴」
「休みが被るのは久々だったからな、俺も気晴らしになった」
「そりゃよかったぜ。けど、なのにこの雨だぜ。締まらねぇなあ…」
暫らくそうしているうちに、雨は降りだした頃よりも穏やかになり、雨という
よりは霧に近くなり、濡れるというよりは湿るような空気が漂い始める。
しゃがみこんでいたフラッシュマンが立ち上がり、木陰から顔を出して空を見上げる。
「……そろそろいいか? もう基地戻ろうぜ、兄貴」
我儘をきいてもらっている立場上、あまり無駄に時間を浪費するわけにはいかない。
満開の桜に、晴れた空、そこから雨というシチュエーションは中々面白く、
正直もう少し撮りたいが、しかし時間が掛かる。晴れた中、結構いい写真も
撮れたと思うのでこのくらいにしなくては。
そう思いながらフラッシュマンが移動装置の方に歩きだそうとすると、その背に
ふとエアーマンの声がかかった。
「! 待て、動くなフラッシュ、じっとしていろ」
「んぁ?」
「こら、動くなといっている」
次兄の声に思わず振り返りそうになったのを言葉と肩を掴まれることで制され、
フラッシュマンが立ち止まる。その背中と肩を、エアーマンの大きな手が掠めるように触れた。
擽ったい程の僅かな接触に、フラッシュマンは少しだけ身を捩らせる。
「…? 何だ、兄貴?」
「うむ、花びらが幾つかはり付いている。装甲が濡れているからな」
「ああなる程、だからか」
大きな手が背中をかりかりと引っ掻いたり撫でる感覚に擽ったいとときたま
零すのを諫めながら、エアーマンが張りついた花弁を取っていった。
本当に幾つかあるようで、すこし時間を要した。
その間、フラッシュマンは身を捩らせないようにしながらも、辺りの景色を
ぼんやりと惜しむように眺めていた。
「…よし、取れたぞ」
「……」
「フラッシュ」
「ん、あ、ああ、わり、サンキュ。じゃ、帰ろうぜ」
「……いいのか?」
「ん?」

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ