Main2

□2
11ページ/31ページ

ふと風が吹いた。
刺す程とはいえないが、まだ冷たい風だった。



休憩



さくり、と地面を踏みしめ、足を止める。
ウッドマンは目の前の光景に茫然とした。
おかしい、と思ってもアイセンサーも視覚システム自体も異常なかった筈だ。
先程。
任務から帰還した後。
成果報告をし、簡単な状態チェックを受け、メンテナンスはいらないと判断された。
そのため軽い補給を行って、出撃中出来なかった基地周りの森の様子を見に来た、
筈だった。
森の中の、木々が空いている場所。
晴れなら日光が、雨なら雨が降り注ぐ気に入りの場所に、二つ上の兄機体が
機能停止したように横たわっていた。
横向きに、こちらに背を向けた状態で。
幹や枝の茶色と常緑の葉の中に、鮮やかな青と黄色が一際異質に感じられた。
たっぷり数秒、その兄の特殊武器を食らったように立ち尽くす。
兄が倒れている。
それに漸く理解が及び、弾かれたように駆け寄った。
「にっ、兄ちゃん!?」
傍に膝を付き、肩を掴んで顔を覗き込む。
閉じられた目蓋と唇。感知する温度は酷く冷たく、周りの気温と大差ない。
「兄ちゃん、兄ちゃん! どうしたの!?」
ざっと頭から足へ機体を眺めても損傷は見られない。エネルギー切れかと思うも
何故ここで、と疑問が浮かぶ。ウイルスだろうかと思っても、兄の得意とする
分野でそれも考え難かった。
「大丈夫、兄ちゃん!?」
焦りながら必死に呼び掛けると、ぴくりと目蓋を震わせた。
「ん、……?」
「兄ちゃ…っ、……!」
どこか間抜けな声に、続けようとした声を飲み込む。
ゆるゆると作動するフラッシュマンのアイセンサーがぼんやり空を眺め、ゆらりと
その視線を傍らにいる末弟に向けた。
心配そうに覗き込む末弟に、ふにゃり、と柔らかく微笑む。
「…あー、ウッド…。帰ってきてたのか、お帰り、お疲れさん」
「フラッシュ、兄ちゃん……?」
動力炉が稼働を強める音を聞きながら、戸惑ったように名前を呼んだ。
その様子に、フラッシュマンは少しずつクリアになる思考回路で驚かせてしまった
ことに気付いた。
「ああ、わりい、驚かせたか……」
「兄ちゃ……寝、てたの…?」
まさか、とウッドマンが口にした単語に、フラッシュマンはこくりと頷く。
「何でこんなところで…」
「いや、何となく…。びびらせちまって悪かったな、ウッド?」
「ううん。でもコアが破裂するかと思ったよ」
その言葉に、フラッシュマンは可笑しそうに肩を震わせた。父を始め兄全員が
可愛がっているこの末弟がそんな事になったら、間違いなく袋叩きにされるだろう。
殊に愛情表現が過多な長兄の様子が回路に浮かび、フラッシュマンはますます笑みが深まった。
「メタルが発狂しちまうな」
「…? とにかく、起きたなら基地戻ろう」
「ん、いや、も少し寝たい」
「……メタル兄ちゃんが発狂しちゃうよ」
「いやー流石に冷えちまってっから、間接あったまるまでここにいる」
「…兄ちゃんって、変なところで無頓着だよねえ」
「………」
「まあいいや、僕も少しここにいるから」
そっと額に手を置くと、こら、と笑いながらも、のけられはしなかった。
大方、気分転換にここへ来たところ眠くなって寝たのだろうとウッドマンは思う。
無理しすぎないのはいい事だと思うが、その代わり休憩のとり方が滅茶苦茶なのだ。この兄は。
そう間も置かないうちに、傍らに横たわる兄からはスリープに移行する音が聞こえてきた。
強い風が吹いた。
ざざざ、と木々を揺らす。
ウッドマンは久々の森の中、兄の機体を庇うように、ゆったりとその風を味わった。


まだ冷たい風は、しかし少しだけ柔かみを帯びていた。
その風に乗って、せっかちな狂い咲きの花の香りが仄かに運ばれる。
降り注ぐ陽気は、僅かながら二機体を暖め始めた。





おわり
10年3月3日 更新

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ