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□無くし物
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《ご注意》
選択の続き







「こちら、ライト博士はご在宅でございますでしょうか?」



心地よい風の吹く、よく晴れた空の下。洗いたてのシーツがぱたぱたと空の青に映えた。
家事に勤しむ、昼前のこと。
堅苦しい黒服の、堅苦しい言葉遣いが風にゆれる金髪にかけられる。少女が振り向いてみると
品のいいスーツを身に纏い帽子を胸に抱いた、やけに姿勢の正しい男が立っていた。
視線が合うと男は少女に軽く会釈する。頭をあげにこやかに微笑まれたが、目の奥はとても冷ややかだった。





「ロールちゃん、ただいまー」
「あ、お帰りなさいロック、でもちょっとボリューム押さえて。博士にお客様よ」
「え、やっば。分かった…」
口を押さえてぱたぱたと歩きながら、ロックと呼ばれた少年型の機体は、長い金髪を
さらりと背に流した少女型機体の傍へと買ってきた荷物を運んだ。乾物を棚に入れながら、
金髪に紛れる小さな聴覚器にひそりと、訝しげに少年が囁く。
「ねぇ、アポなんて別になかったよね、今日?」
「うん、無いわ。博士も驚いてらしたもの。しっかも、どーも立ち振る舞いと
 着てるものからして、お偉いさん系だわ」
博士の嫌いなタイプのね。
「私も嫌いなタイプだったけど」
ロールと呼ばれた少女が、べ、と舌を出した。突然のアポ無し来訪が彼女も気に入らないらしい。
そんなロールの声を聞きつつ、キッチンで会話しながら、ダイニングから続くリビング、
廊下、奥の博士の部屋へと思考を巡らし、家に漂う空気を感じてロックはぽつりと声をこぼす。
視線が研ぎ澄まされるように鋭さを増した。
「……そして、軍事関連だね」
「え?」
「んーん、何でもない」
首を傾げるロールの声に朗らかに返し、ロックはところで、とサイフォンを見やる。
「コーヒー何分前に出した? おかわりいるかな?」
「いいえ、いらないと思うわ。そう言われたもの。博士じゃなくて、お客様にね」
「やっぱり」
つまり、話をする間邪魔するなと暗に告げられたのだ。両肩を竦めやはり不満そうな
ロールにロックも溜め息で答え、厄介事を運んできたらしい来客者について考える。
平和活用。平和利用。博士の求める技術は博士の理念のためにある。なのに、
どうにもそれを理解しようとしないものたちがいる。理解できないのではなく
理解しないのだという現実に、ロックはスリッパの爪先でとんとんと床を蹴った。
いつもならさらりとお茶を飲んで、お茶を飲ませて帰らせるような博士が長話ししている。
粘っているらしい来客に、ロックは妙に嫌な予感がした。しかしやれやれと首を振り、振り払う。
「……考えても仕方ないかな」
「そうね。ていうか目下私の心配事は、お昼まで残られたらどうしましょってことね」
「っふふ、そうだね」
少し早いが昼食の下拵えをしながら、ロールが髪を耳に掛けた。ロックの目の前で
さらり、と優雅に長い金髪が揺れる。暫らく前から、トレードマークのようだった
高く結上げる髪型を止め、ロールは髪を下ろしていた。真っすぐで揃ったそれは美しく、
成長とは縁の無い機械の身を少し大人びて見せる。
ブランチといえる時間の日差しに、それは眩しいほど艶めいた。





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