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□耽溺
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クイックマンは無言でその白い腕をとった。

 何をしている。

一見鉄面皮の彼の表情に動きは見られないように見えたが、しかしほんの僅かにアイセンサーを見開く。
クイックマンの回路が自身のとる行動に理解が及ばず、混乱を訴えた。
しかし回路が答えを弾き出すよりも早く、豪奢な赤い機体が動く。
ぐいと掴んだ腕を引けば、体格差故かウエイトの軽い青は容易く引き寄せられ、こちらを仰ぎ見た。
さして驚いてもいない様子に、またこちらも構わずにその腕を引いたまま頭を下げ、


─────唇を重ねる。



 何故こんなことをしている。

クイックマンの回路がまたも疑問を呈すがしかし、思いの外滑らかな感触に、
離すより突き飛ばすより先、担いでいたブーメランを床へ乱暴に突き刺した。
ガイン、と鋭利な音が空間を割く。それは少しの間コンクリートの壁や天井に反響した。
そして、クイックマンは目蓋を閉じ、空いたその手で青い後頭部を支え、その感触を
味わうようにより上を向かせる。重なる唇が深まり、擦れ合った。
もともと機体温が低いのか、トレーニングしていたのも相まって感じる青との温度差に意識をとられる。
機体に燻る不満に不思議と炎が灯り、奇妙なほど抵抗しない相手の唇に熱を
移すように、幾度も角度をかえて繰り返し重ねた。
クイックマンが薄く目蓋をあけると、フラッシュマンもまた目蓋を閉じていなかった。
またも、至近距離で視線がかち合う。愉しそうに、フラッシュマンのアイセンサーが細まった。
「─────!!」
掴んでいた腕を放してクイックマンが細い腰を掻き抱き、ひんやりした相手を
自身の熱の籠もった機体により密着させる。
フラッシュマンが爪先だちのような体勢になり、それが辛いのかひくついた。
今度は、うっとりと青が目蓋を閉じる。
重なる唇を貪りながら、倣うようにクイックマンも視界を遮った。
腕を取った理由も唇を重ねた訳も抵抗しない相手も────立ち去らなかった原因も────
疑問ははっきりした形にならず、クイックマンの回路の中で沸き上がる何かに押し流される。
口付けを交わす二機の上、天井の灯りが、力尽きそうに明滅した。
ただ内に渦巻く鬱憤をぶつけるように、掻き抱いた青と機体を絡ませ、クイックマンが
互いのそれを床へと沈ませる。
忘れ去られたような基地の一角。がしゃんと音が響くが、それを聞くものは彼らの他に誰もいなかった。



分厚いコンクリートの壁に囲われ、張り巡らされた配管の奥。
薄暗い灯りは力なくそこを照らし、ひやりと冷えた空気は換気を忘れ淀んだままだ。
時代遅れのテレビの黒い画面は、嘘臭くけたたましいだけの番組ではなく、
今は室内の秘めやかなそれを鈍く映していた。
基地の主人にすら、忘れられたような場所。その片隅で。
こちらを見ているようで見ていない青と、見ようともしない赤が、束の間の戯れに耽る。
電灯が、その寿命を全うしたように音もなく消えた。







おわり




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