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お父様の手は暖かく堅い。
貴方の手は冷たくもっと堅い。
それでもどちらもとても大きくて、触れ方は酷く柔らかい。



逢瀬



「お嬢様」

定期的に許された、映像を伴わない声のみの交流時に聞こえるそれ。
九日間のローテーションで行われる、一人と八機体との、私の会話。

「こんばんは、スカル」
「こんばんは、お嬢様。元気そうで何よりだ」

聞こえる声に、小さく笑みを零す。あなたこそ、と言おうとして、しかし言えずに
ありがとうと明るく笑った。
私が囚われたがために、少年機体と戦う父と機械の彼ら。
私のために戦っている、私のせいで従事させられている、大切な家族たち。
泣きたいような、しかしどうにもならない現実。
だからせめて、声だけなのを幸いにして、せめて沈んだ色を出さずに。
貴方達の負担に、これ以上ならないように、明るく他愛ない会話を繰り出す。

「あぁ、もう通信が終わっちゃう時間が近いわね。DWNはけちくさいったらないわ」

レディのお喋りに制限付けるなんて、やんなっちゃう、と拗ねる私に、通信器の
向こうの白い機体は何といったらいいのか戸惑ってしまったのだろうか。少し黙ってしまう。
彼は会話をあまり得意としない。多弁を好まないのか、端的に話すことが多かった。

「お嬢様」

ぽつりと、静かに声が聞こえる。

「無理をするのは、よくない」
「え……」

続いた言葉に、ぴく、と肩が震えた。諭すような、穏やかな、しかし嗜めるような声。
否定しようとして、だけど喉は働こうとしない。唇が震えて動悸がする。
どうしてわかったのだろう。声に出てただろうか。不自然でない程度に、会話を
楽しんでいるように聞こえるよう努めたのに。
そんな私の様子に構わぬままに、通信器から聞こえる声は静かに続けた。

「博士も、他の奴らも、…俺も、お嬢様が悲しむのも無理するのも、よくは思わない」

早く早く否定しないと。そんなことないのだと笑わないと。
そう思うのに、鼻の奥が熱くなり、唇の震えが強くなる。
喉からは引きつった声と、隠そうとして失敗した甘えが零れ落ちた。
聞こえる声は少し堅いのに、なのにこんなにも優しいから。

「……会いたいわ、スカル」

出てしまった涙声に、また少し間を置いて「はい」と低い声が応える。

「お父様にも、みんなにも、貴方にも」

一旦出てしまうと、情けないこの大嫌いな甘えはとまらなかった。
ここは寂しい。寂しいのだ。だってずっと大好きなお父様やみんなといたのに。
いきなり引き離され、会える距離で会わせてもらえず、挙げ句私のせいで苦しませている。
一人は嫌だ。会いたい、会いたい、みんなに会いたい。

「会いたいわ、スカル」

ぽろぽろ零れる涙と声を、かつて拭い慰めてくれた手は遠い。
通信が終わりを告げるアイコンに明かりが灯る。
かたりと硬質な音がしたのは、きっと通信機に手が重ねられたからだと思い込んだ。

「……直に」

最後に通信機からそう聞こえ、ぷつりと音がして静かになる。
短い声での逢瀬が終わりを告げた。
大好きな暖かい、そして冷たい手は、どちらも震える肩を抱きはしない。
柔らかく優しい触れ方を、ただただ愛しく思い返した。



おわり

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