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ただそこにいた。
この空間に慣れていない兄弟機数体は、最初は酷く居心地悪そうにしていたが、
それが今は静かなのは眠ることを覚えたからだ。
ときたま差し込む暖かな、何にもかえがたい光以外、辺りは静かで何もない。
その中で何もせずに、ただここにいる。
それだけでよかった。
それが正しい状態だった。



待機



ふと、フラッシュマンは目を覚ました。
すると、それまでただ淡緑色の靄のような薄い光だったものが、みるみるうちに
質量を再現して青と黄色の機体を構成していく。
自分の機体が0と1の羅列で疑似構成されていくのを感じながら、フラッシュマンは辺りを見渡した。
静まり返っていて酷く暗い。
自分以外の七つの薄靄のような情報体を視認できる以外は、眠る前に比べて
何も変化を感じなかった。

今フラッシュマンがいるのは、ネットから、それどころかその場所以外の全て
から隔絶されたデジタルの中である。

「経過時間328時間と18分29秒」
大体二週間寝てたのか。
ゆるり、と無重力の中を泳ぐように機体を翻しながら、フラッシュマンは
何もない暗やみを慣れたように漂う。
仄かに発光している疑似構成体は、そのせいか暗い中で一際孤独に見えた。
他の兄弟機は皆眠りについているが、しかし起こす気には彼はならなかった。
起きていようと、眠っていようと───システムを起動させようと、させまいと───
することが無いのだから、叩き起こしたところで意味が無い。
「……………」
のんびりと漂いながら、フラッシュマンは自身の機体を見やる。傷一つ見受け
られないのは、それはここがデジタル世界だからだ、と回路の中でごちた。
現実世界の自分達ワイリーナンバーズの機体は、八体とも跡形も無くなって
いるのだと思うと、実際にはないはずのコアが酷く軋んだようにフラッシュマンは感じた。


Dr.ワイリーはロックマンに二度目の敗北を喫した。
彼が息子と称した世界征服の野望を共に追った八機体は、ロックマンと戦った
ものの力及ばず全機体がその少年に敗れ、破壊された。
そしてワイリー自身も戦ったが負け、捕まってしまったのだ。
その後、かつての学友でライバルである、ロックマンを創りだしたライト博士と
共同で平和のために研究開発している。
基地は押収され、破壊されたナンバーズはワイリーがどんなに望んでも、修理も
復元も許可が下りることはなかった。
ならばせめて一目だけでも、と息子たちの残骸への接触をワイリーは切望し、
哀れまれたのだろうかそれだけは許された。
傍から見ると、もう動かない破損した機械に別れを告げるようなその行為。
しかし監視の隙をつき、ワイリーは息子たちからチップを抜き取っていた。
少年の優しさか甘さか、メモリが無事であったために残された、彼の息子たちの
記憶や自我などの情報が納まった一枚。
それをこっそり持ち帰り、電源意外の何とも繋がっていない端末に入れ、誰にも
知られることなく情報体としてワイリーは息子たちを保管することに成功したのだった。


「だからって文字通り缶詰はキツいぜ……」
誰にともなく愚痴を零しながら、フラッシュマンはため息を吐く。ほんのときたま、
ごくまれにワイリーが人目を掻い潜って自分達を呼び出して会話することがあるが、
それ以外は本当に何も起きないし、何もすることが無かった。
だから皆眠りについているのだ。
フラッシュマンが今まで眠っていたのもそのためだった。
起きる必要など今はない。
それでもフラッシュマンはこうして眠りを中断した。
「…………」
つい、と見上げる。
父と最後に言葉を交わしたのは、眠りにつく前、つまり二週間前だった。
差し込む光と、父の顔を、言葉を、声をフラッシュマンは思い返す。
『もう少し辛抱してくれ』
ああ、持ち上がった片頬が忘れられない。
『もうじきじゃからな』
改心したという父の言葉がリフレインする。
『じきお前たちを自由にしてやれる、じゃから今は』
かつて自分達に野望を語った時と、声が似ていた。

『待っておれ』

ぎらぎらと光るその目は、世界征服の野望に燃える父の姿と違わなかった。


ああ、改心しただなんて嘘吐きめ。
敬愛する父の何と狡猾なことか。


釣り上がる口元はそのままに、フラッシュマンはぞくぞくと期待に震える。
眠ってばかりでいられないのはそれのせいだった。
未だこない反旗の時を心待ちにしている自分を、フラッシュマンは二つ上の
兄じゃあるまいし、と自嘲する。
父の声が聞こえないなら、まだなのだ。
今はただ待っていればいい。
隔絶された中で何もすることなく、ただそこにいる。
それだけでよかった。
それが正しい状態だった。
ここに存在していることこそが、今の自分達にとって何よりの意義なのだから。


まだ時は来ていない。
しかしそれは間違いなくすぐ傍まで来ている。
今はただひたすらに、その時が来るのを待っているのだ。




おわり

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