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水泡を纏って沈んでくる弟機体。
秋晴れの空を背景に、非対称の片手がのばされる。
繋いだ手は、水温よりも少しだけ冷たかった。



おやつ



「寒くねぇか、兄貴?」
「ん、別に大丈夫だよ? まだ平気な温度差だからね」
タオルを半端に機体に纏わせながら、バブルマンとフラッシュマンが廊下を
歩いていた。フラッシュマンがバブルマンを抱え歩き、二人は適当に機体を拭う。
先程まで、バブルマンは自身の特設プールにいた。のんびりとただよっていた
そこに、フラッシュマンが呼びに訪れたのだ。
季節が移り、水温と外気温の差が逆転しはじめる時期、自分の心配をするくせに
わざわざプールに入ってきた弟にバブルマンが聞き返す。
「それよりお前は寒くない、フラッシュ?」
「さっきの兄貴の台詞返すぜ」
「おっと」
「つーかな、俺にそんな心配するくれぇなら、そもそもプールにいるときに
 通信機を切るなって何度も」
「あれ、いい匂いがする」
弟の愚痴のような言葉の途中で、バブルマンがふと廊下の先を見た。次いで、
香ばしく甘い香りに不思議に思って自身を抱える
弟に視線を向ける。すると、じっとりと睨んでくるフラッシュマンと目が合った。
「兄さんが何か焼いてるの?」
「………………」
黙って睨むフラッシュマンに、ふふ、とバブルマンが笑みを零す。
「ごめんってフラッシュ。僕が悪かった。ただ、静かな水の中って気持ちいいん
 だよ。これからは程々にするから、ね?」
そんなに睨まないでよ。
バブルマンが謝ると、フラッシュマンは溜め息を一つ吐いて説明を口にした。
「……メタルがパンプキンタルト焼いてんだ。もうすぐ出来っから、だから
 俺が兄貴を呼びに行ったんだよ」
「そっか、ありがとう」
「………おぅ」
「あー、でもかぼちゃかあ、そう言えばもうすぐ万聖節だねぇ。ね、また
 パーティーするかな」
「博士のことだ、どーせすんだろ」
「去年は見物だったよねぇ。あれは笑えたなぁ」
「見事な他人事どうも。今年は体験を是非どうぞ」
「やだよ、僕は安全地帯から眺めるのが好きなの」
「眺めて爆笑すんのが好きなだけだろーが」
「ふふふ」
「笑って誤魔化すな」
広間に入ると、二人の姿を見た長兄が声をかける。
「あ、やっと来た。ほら、座りなさい二人とも、出来たよ」
見ると、他のメンバーはもう集まっていた。おそいよー! と怒るヒートマンの
声を聞きながら、二人も席に着く。
取り分けられたタルトを口に含んだ。
「ん、甘い。美味しいよ、兄さん」
「本当かいバブル!」
「抱きつくなよメタル」
味を褒めるバブルマンに、メタルマンが嬉しそうな声を上げる。その様子に、
落ち着いた次兄の声が釘を差した。
わいわいとナンバーズがおやつを楽しんでいると、ふとフォークに刺さった
タルトがフラッシュマンの前にかざされる。
「はい、フラッシュ」
「あ?」
「さっきのお礼」
「……ふーん?」
「ただし一口だけね?」
「ヘイヘイ」
ぱく、と差し出された一口分のタルトをフラッシュマンが食べた。
咀嚼する六弟に、バブルマンが楽しそうに言葉を続ける。
「またメッセンジャー宜しくね?」
「……今度から金とるぞ、バブル兄貴」
自由人な兄に呆れた視線を寄越しながら、フラッシュマンはバブルマンを軽くこづいた。
やだよ、と笑いながら避け、バブルマンはそっとその手に触れる。
水温よりも少しだけ冷たかった弟の手は暖かいものを食べたからだろう、今は
ほんのり暖かくなっていた。


水泡を纏って沈んできた弟機体。
穏やかな午後の広間の中で、非対称の片手がのばされた。
触れた手は、水の中でも広間のなかでも変わらず、こちらに穏やかに触れた。



おわり

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