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例えば彼の場合、彼は自分の姿を視界に入れた途端酷く嬉しそうに微笑み、
理由など何も聞かぬままにその腕を誘うように広げるだろう。
そしてこちらが腕を伸ばせば、彼は幸せでたまらないといわんばかりにしっかりと
抱き締めてくれるに違いない。
挙げ句その締め付けが強くなりすぎて、きっと自分は正直勘弁して欲しくなるのだ。



例えば彼の場合、彼は自分の姿を視界に入れた途端少し驚いた顔をして、低く
静かだがしっかりと聞こえる声で、どうした、と理由を尋ねてくるだろう。
そして理由を聞いたら、彼は気難しげに目蓋を閉じて全く仕方のない奴だ、と
呟き、呆れたような溜め息を一つ吐くに違いない。
挙げ句甘えるなと告げられるか、若しくは結局は折れて受け入れてくれるかは
やってみるまで分からず、確立は五分五分なのだ。



例えば彼の場合、彼は自分の姿を視界に入れた途端、理由など聞かぬままに
大体の事を悟ってしまうだろう。
そしてその上で優しげに笑みを浮かべながらわざと知らぬふりをして理由を尋ね、
気恥ずかしさに軽く押し黙るだろう自分の姿を、待つように眺めてくるに違いない。
挙げ句肩を震わせ始め、自分が理由を言うまで腕を伸ばしてくれる事すら
しないのに、彼は自分を拒むことは決してしないのだ。



例えば彼の場合、彼は自分の姿を視界に入れることすらぶっちゃけ稀な事で、
大概顔すら合わせる事なく気付かれもしないで終わるだろう。
そしてどんなに自分がその名前を呼ぼうと音を立てようとも、彼はそのまま何も
気付かないままで過ごすに違いない。
挙げ句、彼は何故自分には無いのか、などと本気で見当違いこの上ない事を
恐らくは不思議そうに言うのだ。



例えば彼の場合、彼は自分の姿を視界に入れた途端、理由なんて何も聞いて
いないのに的外れな事を言ってくるだろう。
そして勘違いのままに、明日またやるから、と小言めいた事を言うだろうが、
こっちの本当の理由を聞いたらぽかんと惚けた表情になるに違いない。
挙げ句間違えた事でちょっと恥ずかしそうな顔をし、彼は謝りながら自分を
受け入れてくれるのだ。



例えば彼の場合、彼は自分の姿を視界に入れた途端少し驚くが、理由を言えば
ああ、と少し面倒臭そうに理解してくれるだろう。
そして忙しい時や疲れている時ならぶつぶつと愚痴を垂れ、そうでない時なら
軽く意地悪げにからいながら自分を抱き上げてくれるに違いない。
挙げ句自分が怒っても彼は悪戯に笑い、しかし丁度良い力加減でゆるりと
抱き締める心地よい抱擁は解かないのだ。



例えば彼の場合、彼は自分の姿を視界に入れた途端びっくりした顔をして
少し屈み、こちらの顔を覗き込みながら心配そうに理由を尋ねてくるだろう。
そして理由を聞けば、何だ、と安心して優しく微笑み、しかし次には少し
申し訳なさそうに、狭くてごめんね、と謝る必要のない事を謝ってくるに違いない。
挙げ句如何にすべきかと彼は頭を捻るだろうが、その優しさと良い香りに、
自分はきっとそんな事なんて構わないと笑うのだ。



そこまでメモリの回想を交えた予測シミュレーションをし終え、彼はのんびりと
そのアイセンサーを開く。どこかぼんやりと天井を眺めながら自分の枕を
もふりと抱き締め、自分以外誰もいない部屋の中、彼は小さくぽつりと独り言を呟いた。

「さて、今日は誰と一緒に寝ようかなぁ」

そして、枕を持ったまま立ち上がる。
七つあるうちのどの部屋の扉を叩こうか、と考えながら、彼は自分の部屋を出ていった。




おわり

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