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星が流れる。
軌跡を幾筋も闇に残し、そして僅かの間で儚く消えて行く様は、時の巡り合わせで
起こる天体ショーをより貴重に思わせる。
消えても次々上書きするように、夜空に重ねて描かれる光の川。
こうして少しの間姿を見せる彼らは、また幾年もの間遥か遠く旅をして、そして
次の逢瀬に束の間訪れるのだ。





約束





「まるで貴男みたいね」
「俺の後発機体が聞いたら泣くな」
頭上に浮かぶ光景を見てただ素直に思った事を言っただけなのだが、彼は少し
困ったように片頬を持ち上げた。そしてそう言えば、文字通り星の名を持つ
ナンバーズが彼らのうちにいたことをメモリから呼び起こす。
別にその機体を蔑ろにしたわけではないと慌てると、彼はおかしそうに声を上げて笑った。
細まる目元と震える肩に少し拗ねると、意地悪な声色で謝罪をされる。しかし彼が
欠けらも悪いと思ってないことは明白だった。
悔しくて尾で海水をすくいかけると、降参の意を示しながらまた笑う。
あっけなく白旗を上げる彼に、釣られて笑みがこぼれた。飛沫が、星明かりで光を返す。
また一筋、星が流れた。


海難事故の救助ロボットが待機する施設の傍。
真夜中近くの海、小さな岩場に、人魚をかたどった女性型ロボットと、シンプルな
人型のロボットが座っていた。両機体とも青い色で機体が彩られており、その装甲を
常より明るい星たちで煌めかせている。
今宵は流星群が訪れる真っ只中。
星々の軌道が見せる偶発的な天体ショーを、彼らは楽しんでいたのだ。
────ただし、密やかに。
敵対する立ち位置にいながら、彼らはこうして時折僅かの間の逢瀬を繰り返していた。
互いの仲間の誰にも知られぬまま。そして同時に、互いに許されないと知りながら。


そんな他愛もない会話をしているうちに、星の流れが疎らになり始める。ぱらぱらと
夜空の彩りも控えめになったくらいに、彼は頃合いと言わんばかりに腰を上げた。
いつものように、帰還するのだろう。
彼はまた来るとは言わない。そして私も、もう行くのかとは言わない。
ただ、機体に走るコアのパルスを無視するだけだ。
「そろそろいかねぇと。万が一お前の兄貴やらに見つかりゃ殺されるからな」
「私もね」
自嘲を込めて言えば、彼はまた片頬を持ち上げた。そして、───私の希望が
そう見せるだけなのかも知れないが───アイセンサーが少しだけ細まり、悲しそうな
淋しそうな、複雑な輝きを見せる。立ち上がる背は高く、星明かりが彼の顔に影を作った。
「忘れるな」
ぽつりと低い声が落ちる。声は柔らかいのに、頑とした厳しさが感じ取れた。
「選ぶ権利がある。俺にも、お前にも」
かつて彼の父がはなったのと同じ、───まるで彼が自分自身にすら言い聞かせる
ようなそれに、小さく笑みを浮かべる。応えるように合い言葉に似た続きを引き継いだ。
「そして、選んだ責任もね」
そう、選んだのだ。
創造主と相対する者の手をとったこと。それなのに、創造主のもとへ戻ったこと。
そこから得るのは、立場という、幼い勝手なわがままをしかし決して許さないもの。
選んでおきながら、対の向こうを求めるのは。得ておきながら、束縛されることを厭うのは。
恐らくは願うことすら、おこがましいのだろう。
立場を理解している。選択に後悔はない。得たものに満足している。
ただ胸の奥の小さなひずみに、蓋をするだけ。

───向けられる背、立ち去る足音。遠くで聞こえる機械の起動、浮遊音。
そして遠ざかる飛行音。

流れる星に人は願いをかけるというが、かけてはいけない願いを機械の身で
どう処理すべきか回路が答えを探し始める。
唇が何か言おうとして開いて、固まって、諦めたように閉じていく。


空へ視線を向けた。
最後の流星が一筋走って姿を消す。
こうして少しの間姿を見せた彼らは、また幾年もの間遥か遠く旅をして、そして
次の逢瀬に束の間訪れるのだ。
今日のように。
次回がいつかなど、約束を告げることもないままに。




おわり

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