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日光。風雨。空気。水。───酸素。
静かに静かに、確実に。




「ここにいたのか」
「あ"ー、何か用かァ?」
「勝手に錆朽ちたいなら止めんが、そうもいかないのでな。来い」
「……ヤダっつっても無駄みてぇだなァ。ヘイヘイ、了解」
厳しい目でねめつける大柄な濃紺にけだるげに言いながら、フラッシュマンが機体を起こした。
途端、ぎちん、と間接が大きく軋む音が鳴る。ぎ、ぎり、と金属音をたてながら四肢が動いた。
よろよろと一向に起き上がらない姿を見兼ねて、濃紺の機体、エアーマンが自身より
小柄な青い色を抱えあげる。
それにあらがうことなく、大きな腕の中でフラッシュマンはくたりと体から力を抜いた。
「メンテナンスを無駄にさぼるな、愚か者」
「暫くオシゴトのオヨビがかからねぇからなァ、忘れてたぜ」
しれっと言いながら、フラッシュマンは小言をもらすエアーマンを見上げる。
深い赤い目はまっすぐ前を見ていた。小言と視線、進む方角から、メンテナンスルームに
向かっていることが知れた。まぁ自身の状態を顧みれば、推察する迄もないだろうと
フラッシュマンは考える。すると、上からまた小言がふってきた。
「博士の護衛任務はとかれることが無い。常に任務中のようなものだろう。
 貴様の怠慢の言い訳に任務を使うな」
「ぁア"ん、護衛ったってんなもん、シャドーとシェードにまかしときゃ大丈夫だろォがよ?」
旧型の出番はネェってもんよ。
ケラケラとエアーマンの腕の中で笑い、塗装のはげかけた聴覚器をかく。
フラッシュマンの装甲の色は褪せ、保護材は健在だが内部はあちこちガタが
来ているらしく、少しでも動くたびにぎちぎちとあたりをつんざくような音を立てた。
フラッシュマンは、何を思ってかここ暫く、基地の屋上でその機体をさらしていた。
何をするでもなく動かないまま、ただその場にいたのだ。
それを見兼ねたのかあるいは別か、エアーマンが拾いに来たのが先程だった。
かつかつと白い廊下に足音が反響する中、二機体の声が通る。
「任務がねぇなら、せいぜい隠居を楽しむのが俺様にデキルこと、だ。そォだろぉ?」
「どうだかな」
楽しそうに言うフラッシュマンに淡々と返しながら、エアーマンは呆れたように一つの溜め息を吐いた。



「博士、連れて参りました」
「おお、すまんなエアー。で、漸く来たか、この馬鹿息子」
「……!?」
シュン、とドアが開くと同時、視認された人物にフラッシュマンが僅かに目を見開く。
しかしすぐに少し片頬を持ち上げ、メンテナンス台に横たえられながらも皮肉げに笑みを浮かべた。
「んンん、その呼び名はフォルテのボウヤ専用じゃなかったかァ?」
「ワシの息子なら誰に使っても当てはまるからの。奴もバカタレじゃがお前も大概じゃ。
 ほれ、錆落としからやるからとっとと機能を落とせ馬鹿モン」
「…あいよ。…で、あぁんで博士がいんだぁ…?」
今は第七基地にいたんじゃなかったんデスカねぇ?
おちゃらけながらも訝しげに言うフラッシュマンに、基地の主人───彼らの父───
ワイリーは事もなげに肩をすくめた。
「ワシの基地にワシがいて何が悪い?」
「ゴモットモですねぇ」
半目で棒読みで言うフラッシュマンをよそに、ワイリーがてきぱきと器具を手にメンテナンスをはじめる。
カチャカチャと装甲を剥がすと、しかし「げ」と声をもらした。予想以上に劣化している
内部のコードを選り分け、接続部や間接部を細かく見ながら、眉根を寄せる。
錆に慎重にスプレーしながら、唸るようにワイリーが声を出した。
相変わらずこの息子は何を考えてるのかさっぱり分からない。
「全く、こんなに錆付かせおってこの、ワシがおらんかったらどうするつもりだったんじゃ、フラッシュ」
ぶつぶつと零すワイリーに、フラッシュマンは軋む機体で、それでも肩をすくめ返す。
ぱらり、間接の隙間から錆が落ちた。
「あ"ん、そりゃ、博士がいなくならなきゃ良いダケでしょォが?」
「困った奴じゃ」
口端を釣り上げて言う青に、ワイリーは数刻前のエアーマンと同様に呆れたように深く溜め息を吐く。
「博士」
「ん?」
そんな二人のやりとりを眺めていたエアーマンが、柔かに割って入った。
「では、お手数ですが宜しくお願いします。私はこれで」
「おう、苦労をかけたな」
「いえ、では失礼します」
ひょい、と片手をあげるワイリーに一礼し、エアーマンはメンテナンスルームがら出る。
のらりくらりと小言をかわすフラッシュマンを主人と置くのは些か気が引けたが、
彼を連れてくるよう言ったのはまごう事無く父の為、エアーマンにできることはこれ以上無かった。

  「困った奴じゃ」

「…………」
呆れて零れた父の言葉。
しかし、その後、唇はほんの少し弧を描いていたのを、メンテナンスルームを
出ていこうとする視界の端で、エアーマンがかすかとらえていた。
「…………」
閉まるドアを背に、僅かの間エアーマンは目を閉じる。
しかしすぐに、何でもないように歩き去った。



日光。風雨。空気。水。───酸素。
それら全ては、容易くこの金属の身を腐らせる。
過ぎる時に静かに静かに、しかし確実に侵して蝕んでいく。
それをとめる権利と技術を持つのは、唯一人。



おわり

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