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貴方と私は知らぬ者同士。
私と貴方は違う者同士。







月がやけに明るい。
日が落ちたはずの夜空は静かに輝く月故に蒼く、普段なら散らばる星も姿を潜めていた。
時折強く吹く風に波が踊り、腰掛けた岩に飛沫を上げながらぶつかる。
それ以外には、海は今宵基本的におとなしかった。

───その海に身をまかせたゆたうでもなく愛する歌を歌うでもなく、ただ水面を
見つめ、自身の人魚を模した機体故の尾を揺らす。
ある海岸の、浅瀬の少し沖にある岩の上。
生みの親であるライト博士の管轄する施設から、こっそり抜け出して自分はここにいる。
何をするでもなく、しかし意味がないわけではなく、何かを待つように座っていた。
他の者からしたら愚かな行為と映るだろうが、しかしやめようとは思わない。
波と風の音の狭間で、じゃり、と地面を踏み締める音が聞こえる。

「風が強いな」

背に向かってかけられる低い男の声に、小さく頷いた。振り向かないまま背後へ声を返す。
「ええ、今日はたまに波が荒くなるわ」
「けど、いい月だな」
「そうね」
弧を描かない唇。動かない視線。表情の出ない声。
背中合わせに腰掛けた彼は、恐らく空を見上げているだろうゆったりと言葉を紡いだ。
ほんのり、背中のセンサーに他機の熱を感知する。
五センチもないだろう間隔。しかしそれ以上には、決して近づかない間柄。
「寒さが和らいできたとはいえ、冷えるな」
「ほんとね。けど、海の中はそうでもないのよ、海流によってさまざまなの」
「へえ」
他愛ない会話。何気ない会話。意味のない会話。
それをこうして、二人で続ける。
特に約束したわけではなく、しかし不思議と待ち合わせたように、こうして交わす一時の逢瀬。
互いにそこにいると知ってるように赴いて、そして視線すらあわせず決して触れも
しないまま、そっと背中合わせで静かに行われる雑談。
いつのまにか成り立ったそれ。
人知れず共有するこの時間は、本当ならば許されないものだった。


────用済みだからと、そんな理由で壊されたくなどないだろう。


悪魔のように世間で言われる彼の父が私たちに言った言葉。
かつてその伸ばされる手を掴んだことは、今でも実は間違いとは思っていない。
引かれるまま対面したのは、話に聞いていた実の兄を苦しめてきた面々。
そうと分かっても。
それでも。
それでも。


ほんの僅かな期間だけ、隣に立ったその現実。ほんの少しの時間だけ、交わらせていた生きる道。
しかし結局は私たちは元の陣営下に戻り、彼らと重なった道はすぐに違えた。
そうして暫くしてから、何故か不思議にも自然とこうなった数刻の密会。
これは、お互いとも生みの父への裏切りになるのだろうと、そう思う。
なのにどういうわけだか、やめようとは思わない。
時間を止められる彼を羨ましく思いながら、今日もまた過ぎる流れに目を閉じる。


貴方と私は知らぬ者同士。そう言う関係でいなければならないのに。
私と貴方は違う者同士。そう言う立場に戻らなければならないのに。

近しい距離は決して近づかない。
秘密の逢瀬の背中合わせの熱は、吹く風にも関わらずやはりほんのり暖かかった。





おわり



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