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沈む。沈む。沈む。
身動きが取れない。抗う術がない。光が届かない。
熱が吸い取られる。包み込まれる。暗い底へといざなわれる。
機体から減っていく空気に、堪らなく笑みが込み上げた。







「入水自殺なんて相変わらずいい趣味だな」
「バカ言ってんじゃねェよ、だァれがんなキモいことするか」
「そうかい、じゃあ次からはお前が水圧で潰れ死ぬまで傍から見ててやるよ」
ふざけやがって、と悪態を吐いて、バブルマンは苛々と腰を下ろした。
腰掛けた岩礁にざざ、と波が打ち寄せる。その岩礁には、彼だけでなくぐったりと
横たわる青い機体もいた。バブルマンの悪態に楽しそうにくつくつと喉を鳴らすのは、
彼の三番の後発機、フラッシュマンだ。
二機体とも海水にしとどに濡れ、満月に近い月明かりに装甲を艶めかせている。
───つい先程まで、彼らは海中にいた。溺れ沈むフラッシュマンを、バブルマンが
救助する形で海面へと引き上げたのだ。
そんなことになったそもそもの原因は、フラッシュマンが基地から海へと飛び込んだためだった。
翌日にこの青と任務を組む予定がなければ、本当に放置してやっても良かったと
バブルマンは舌を打つ。そんなバブルマンの内心を知らず、フラッシュマンは楽しそうに続けた。
「イヤぁ、にしても海ってなぁいいねェ?」
「ふーん」
「あの沈むときの景色の目まぐるしさったらたまンねェなァ」
「そうかい」
目まぐるしいのは当然だ、バブルマンは声に出さず思う。自分と違い水中では
ただ沈むだけの機体。加えて風は緩やかだが明るい月のせいだろう、今宵の波は高い。
そんな中にそんなもの見たさに飛び込んだとでも言うのだろうか、とバブルマンは考えた。
しかし、何故そんなことをするのかなんて、バブルマンはフラッシュマンに問わない。
聞きたくもなければ、関わりたくもないからだ。
この後先考えない性格は、もう一つ後発の炎を司る仲間と似ていた。
まぁ、いつまでもここにいても埒が開かない。
やれやれと溜め息を吐いて、バブルマンが立ち上がる。じろりとフラッシュマンをねめつけた。
「おら、来い、基地戻るぞ。いいか、次からは知らねぇからな」
「ヘイヘイ」
のばされた手に捕まって機体を起こしながら、フラッシュマンは怠そうに答える。
そのまま後ろから抱えて、バブルマンは海へと飛び込んだ。基地へ通じるパイプへと泳ぐ。
その間の海の中、荒く揺れる水面に月明かりが乱れ、一種幻想的な光景が目の前を埋めた。
こぽり、浮上していく泡を、フラッシュマンは楽しそうに眺めていた。



ほぼバブルマン専用と化している帰還用水路から二機体が顔を出すと、そこには
ジョーたちが数名タオルを持って控えていた。
「……!?」
面食らうバブルマンにタオルを渡し、内数体のジョーがフラッシュマンに食って掛かる。
「フラッシュマン様、いきなりあんなことをなさらないでください!」
「任務を前に破損なさったらどうするんです、高度をお考え下さい隊長!」
どうやらフラッシュマンの部下たちらしい、まとわる彼らに困ったように、青は溜め息を吐いた。
「……あんだヨ、どうせ明日の侵入は海からの水路ルートだろォ、水圧と防水の
 チェックしただけで何もそんなに睨むモンじゃねェよ」
そんなやりとりを聞いて、バブルマンが言葉を失う。
「……………何、まさかお前そのためにこんな時間にこんなことしたわけ」
「ぁア?言ってなかったかァ?」
「…………」
呆れて物が言えず、心底疲れたようにバブルマンが肩を落とした。
「…下らんことに俺を巻き込むんじゃねーよ」
「ケケケ、何のことだァ?」
「ああもう、うるせぇ」
ったく、ピエロ野郎が、と回路の中で毒づいて、バブルマンは歩きだす。
背後では、粋狂な隊長を心配する部下たちの声がわいわい聞こえた。
あれで部下には気のきく人気の高い機体だと言うのだから、世の中分からないとバブルマンは思う。
そして。
本当にチェックのつもりだったのか、ということも。
もし自分が───今思えば奴の部下のジョーが報告したのだろう───博士からの
救助要請に応じなければ、どうするつもりだったのか。
そんなことを思いながら、しかしどちらだろうと知ったことではないとバブルマンはかぶりをふる。
海の一番深いところは、未だ人の目に触れたことが無い。
しかし海の中にも世の中にも、知りたくないものもままあるものだ。
殊に海の水底は、美しいものばかりとは限らない。



なす術なく沈んでいく海の中。光がか細くしか届かない中で、青は確かに笑っていた。




おわり

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