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□仕返し
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仕返し



今より賭けを始めよう。
私はあなたに仕えて何でもしてやり、きっと満足を得させよう。
そしてその時を、その瞬間を惜しませ、心をとらえさせよう。
時よ止まれ。
あなたがそれを口にした時が、私の勝ちでありあなたの負けだ。
その瞬間より、あなたの魂は永遠に私のものになり、永久の私の僕となる。


「……何だ、それ?」
「何を勝手に見てんだてめぇ、死ね」
「勝手も何も、そんなとこで見てるから悪いんだろ」
「わざわざ後ろから覗き込んでおいて言う台詞かコラ」
「いいだろうが、別に」
非難の声にも指摘にも一切悪怯れることなく、さも当然のようにかわす声に
よかねぇよタコ、と低く不機嫌にぼやいて、フラッシュマンは読んでいた本を閉じた。
そしてそのまま椅子の背もたれにもたれかかって、自身を背後から覗き込んで
いた赤と黒と黄色に彩られた二つ上の兄機体の額に、今し方読んでいたがもう
閉じてしまった本の背表紙を、おら、とぶつける。ごん、と軽く音がした。
「いって、何すんだ」
「プライバシーとプライベートの気分を侵害してくれた礼だ」
本を膝の上に置いて、フラッシュマンは思いの外痛がるクイックマンを尻目に
やれやれと溜め息を吐く。全く、今日も変わらず、落ち着きの無い兄だ。

彼らは今、ウッドマンが世話をしている森に面した、基地のバルコニーにいた。
ゆるりと座れる一人がけの椅子にフラッシュマンが座り、その椅子の背後に
クイックマンが立っている。バルコニーは、ほんの先程までフラッシュマン
だけがいた場所だったが、今は鮮やかな赤い機体が加わっていた。
この豪奢な色彩の四兄はトレーニングルームに籠もっていた筈だが、いつここに
来たのだろうか、とフラッシュマンがぼんやり考える。
静かなバルコニーで、仕事も一段落つき天気も良かったので、折角だから読書
でもしようと思っていたのだが、その矢先にこの騒がしい四兄があらわれた。
早速邪魔され、案の定そのお陰で本を読む気分も失せてしまった。これならば
写真を撮りに外に出ていた方がましだったかもしれない、と考えながら、
全く、本当にいつのまに来たんだ、と口に出さずにフラッシュマンがごちる。
「気分も何も、んな分厚い本の何が楽しいんだよ? 大体、データベースから
 読み取れば一瞬だろうが?」
「ほっとけ、俺の勝手だ」
額を軽く擦りながら不思議そうに自身に言う四兄に、フラッシュマンは肩を
竦めて返す。常に時間を追い掛けているような、落ち着きのないこの兄機体に
読書の意味や気分など分かってもらえるとはフラッシュマンは思ってはいない。
四兄からしたら、読書など寧ろ時間の無駄だと感じるだけだろうな、と
フラッシュマンは思う。

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