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□認識
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分かっている、とロールは小さく回路の中でごちた。金糸が風に煽られ、
さらりと柔らかくなびく。今、会いに行っている相手は自分にとって敵以外の何者でもないのだ。
それは、青い機体からみる自身もそのはずだ。
そう考えながら、ロールの脚部が僅かの間歩みを止める。
しかし、少女の兄が優しく正義感が強い性格をしているように、兄同様
ライト博士に創られた少女もまた、優しく思いやりが強い人格をしていた。
その性格故か、相手が敵と知りつつもロールはどうしてもその青い機体に
言いたいことがあった。
(………)
前を向いて僅かに見えてきた基地を睨み、ロールは再び脚部に動くよう
駆動系統に命令を下す。
わざわざ、たったそれだけの為に敵地に行く自分はきっと馬鹿で無謀なのだろう、
とロールは思った。
ガラが悪くて、口も悪くて、挙げ句に卑怯で、脅した隙に写真を撮った女の子の
顔に落書きするような奴。
大好きな大好きな大切な、優しい兄の身を脅かす者。
でも。それでも。
(ごめんね、ロック…でも…ただ、言うだけ。言いたいだけよ)
心根の優しい少女は沸き起こる苛立ちにも似た感情と兄への後ろめたさに、
我知らず足を早める。
(相手が敵だなんて分かってる、だけど、それとこれとは別だわ)
借りをつくってしまっている。すっきりしない。妙にもやもやしたものが残る。
ずっとロールの回路に、ノイズのように燻っているもの。
それを解消するために、そのためにロールは自らの危険も顧みず、単身敵地に赴いたのだ。
馬鹿で構わない、父に創られ、培ったこの性格を決して恥じることはない。
(私がしたいからそうするの。大体、借りをつくったままなんてロックに
 申し訳が立たないわ)
ロールはそう思いながら歩き、とうとう敵の基地が視認された。
目的の基地が見え、さらに入り口らしいゲートが確認できる。
世界の平和を脅かす一団の基地の一つ。
ロールが近づくと、そのゲートは低い唸り声をあげながら開き、訪問者を中へと誘った。
ロールは開いたゲートを意外そうに眺め、少しの間考える。
「……結構、無防備なのかしら?」
悪名高いワイリーナンバーズの、厳重だろうと思われた基地の入り口。
(…それとも、いらっしゃいませ、ってわけ?)
取り敢えず用があってきたのだから、開いてくれるのならそれにこしたことはない。
そう思い、ロールは基地内に足を踏み入れ、歩みだす。
基地の中は青く艶やかで、だけどとても冷たい空間だわ、とロールは感想を抱いた。
外も寒かったが、基地内はもっと寒く、しかし美しい。
ロールは間接部に一定の熱を供給するよう、駆動系統のシステムを調整する。
「っ!?」
しかし、とたんにロールはつるりと足を滑らせ、その場に転んだ。
すてん、と音が響く。
「い、たぁ……!?」
敵の基地内で、自身以外誰もいない場所で転んでしまった。
ロールはその事実に無性に恥ずかしくなり、慌てて立ち上がろうとする。
しかし。
「っきゃ!」
ロールが立ち上がろうと足に力を入れた先からつるりとまた滑り、まるで
生まれたての仔鹿のよう震え、うまく立てずまともに歩けなくなってしまった。
「いやあ、何でこんなに滑るのっ!?」
入り口からそう離れていない場所で、半泣きになりながらもうすでに慌て始める。
何しに来たのだ、という突っ込みがロールには聞こえた気がした。




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