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□認識
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立ち位置、立場、その現状。
いっそ何も知らぬまま。



認識



「もお、何だってこんな面倒で寒いとこにっ…!」
人も機械も見当たらない、風が吹き付ける道の中、少女の悪態が小さく聞こえた。
吹き荒ぶ寒い風の中を行く、小柄な金髪の少女。
その少女はロボット工学の権威、ライト博士の手による少女型のお手伝い
ロボット、ロールだった。
彼女は今、父の旧友にしてしかし道を違えてしまったドクターワイリーの、
彼の息子たちの内の一人が拠点としている基地を目指し進んでいた。
単身敵地へ赴く少女の姿は酷く頼りなく、とても危なげだ。
しかし、武装していないためかロールは敵の警戒網に引っ掛からないらしく
彼女を攻撃する敵は一体も現われない。
それを幸いに、ロールは周囲の環境のみを敵に、歩くことを止めなかった。
たった一人で、ロールは父にも兄にも行き先を告げぬままここにいる。
(博士、ロック、ごめんなさい…でも、すぐ帰るから。ちょっと用があるだけだから)
回路の中で、ロールは父と兄に謝る。彼らが今ロールがどこに向かっているかを
知れば、彼女を酷く心配し、何てことをするのかと怒るだろう。
かといって、ロールが行き先を告げたところで、彼らは彼女に決してそんな事を
させないだろうとロールには容易に演算できる。
だからこそ、ロールは何も知らせずこっそりと出てきたのだ。
ロールがたった一人で来たのには訳がある。
父や兄に関係なく、彼女はワイリーナンバーズのある機体に用があったのだ。

無愛想な表情に、青い機体色。時間を止めるという特殊な能力を持った男性型機体。
ドクターワイリーナンバー014. フラッシュマン。

ロールは以前、事故にあいそうだったところをその機体に助けられていた。
父の、兄の、そして自分の敵であるその機体をロールは思い出す。
無愛想でぶっきらぼうで、買い物袋を手に持ったヤクザ臭い、しかしそれに
隠してさり気ない優しさを持った機体だった。
頭を叩いて怒鳴り飛ばし、それを謝ってE缶をくれ、頭をそっと撫でてくれた
機体が一体どうやって轢かれる寸前だった自身を助けたのか、ロールは最初分からなかった。
その機体特有の時間を止める能力を使い、轢かれそうになっている自分を
腕に抱え、歩行用通路に運んで助けたのだということにロールが気付いたのは、
青い機体が敵と判明し、からかわれた挙げ句に彼が逃げてしまった後だったのだ。
ただ買い出しに来ただけらしかった彼は、街中で予定外の戦闘などする気はなかったらしい。
フラッシュマンもロールも、最初は双方ともに相手が誰なのか、互いの立場が
どうなのかなど知らなかった。
互いに気付かぬままの出来事と出会いは、一見何でもない平和なものだったのだが
しかし、その青い機体を敵と知るロールの兄の声によって変化する。
僅かの間の交流は、気付いてしまった敵対するもの同士という立場に全て掻き消された。
きゅ、とロールは纏っている外套を掴む。




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