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決して適してはいない場所。
それは、確かな結果論。



森林浴



ウッドマンは、基地の周りにある自身が世話をしている森に赴いてのんびりと
日の光を浴びていた。檜から造られた兄弟機の中でも最も異質な彼は、その材質故か
自然をこよなく愛する。オフの今日もまた、寒くなってきた中、木々の様子を
見て生き物たちと戯れ、森のなか座って時間を過ごしていたのだ。
そうやってのんびりと寛いでいると、背後から誰かがウッドマンに腕を回してきた。
見ると、青い左腕と白い右腕が視認される。
「ん? あれ、フラッシュ兄ちゃん?」
ウッドマンはさして驚くでもなく、二つ上の兄機体の名を呼んだ。
彼の呼んだ名前の通り、背後にフラッシュマンが座り込み、腕を回してきていたのだ。
この兄は、自身が森を撮りたいと望めば趣味の品であるカメラを貸してくれ、
また兄自身も写真を撮りにこの森に訪れることがある。
だからウッドマンは驚きはしなかったのだが、しかし今の兄はカメラを携えて
おらず、自身に背後から抱きついているだけだった。
ウッドマンが兄機体に、少し不思議そうに問い掛けた。
「どうしたの?」
「お前、マジでいつもいい匂いがするよな。よく博士も言ってっけど、癒されるわー」
ちとこうさせてくんね? とつぶやいて、フラッシュマンはウッドマンに
回した腕に少し力を込めた。
「えへへ、そうかな。ありがと、フラッシュ兄ちゃん。別に、そうしててくれていいよ」
質問に答えてくれなかったが、自身の機体を褒められ、ウッドマンが照れながら兄に答える。
兄達に抱擁されるのは、ウッドマンは嫌いではない。抱擁したがる長兄の抱擁も、
肩のブレードとその頻度さえもう少し控えめなら、とウッドマンがこっそり思った。
「うー…データ整理なんかクソだ畜生……」
末弟に縋り付きながら、フラッシュマンはぼそりと愚痴をこぼした。
こぼされた内容から、ウッドマンは兄が疲れた故の癒しを自身に求めたことに気付く。
ここのところ、この兄はずっと基地のシステムとリンクして作業をしていたのだ。
「ふふ、お疲れさま、兄ちゃん」
「ん…お疲れっつーか…終わってない…」
「そうなの? もう三日くらいかかってない? 兄ちゃんにしては珍しいね」
「俺の分はとっくに終わってんだ。…ヒートとクラッシュの馬鹿共が大量の
 追加分を俺に押しつけて、逃げやがった……」
「…あー…手伝おうか、フラッシュ兄ちゃん?」
「いや、いい…俺がやるわ」
「そっか…でも、もう少し休みなよ、僕も暫らくここにいるし」
「ん、サンキュ、ウッド。…他の奴らが、お前みてぇならいいんだけどよ…」
そう締め括り、フラッシュマンは優しい末の弟の優しい檜の香りを取り込んだ。
苛々としたパルスが、感知される成分に不思議と相殺されていく気がする。
父のお気に入りというのがよく理解できる、この弟のみが持つ効果だ。
その上、この弟は末弟だというのによく気が利くし、先ほどフラッシュマンは
断ったが、よく他の兄や父の手伝いもこなす。
そんな感想を抱きながら、この弟のみがもつ機体の独特な感触をフラッシュマンは味わい、
ウッドマンは自然とは対極に位置するデジタルの、それに秀でた兄の疲れた腕の
抱擁を受けていた。
少しの間二人がそうやってのんびりしていると、ウッドマンと仲が良いのだろう
数羽の小鳥が飛んでくる。小さく囀る声が森に響いた。
ウッドマンは手をかざして小鳥のとまる場所を提供し、しかしもう片方の手の
指を口の前にあて、小鳥たちに静かにしてね、と伝える。
しかし背後のフラッシュマンは気にすることなく、森の空気と弟の香りを堪能していた。
あと少しで、また0と1の羅列と睨めっこだ。それまではもう少し、この閑かな時間をこの場所で。
少し冷たい風と木々の隙間からこぼれる日の光は、変わらず二人に降り注いでいた。


機械の体には、森という場所は決して適さない。
しかし、それはただの結果論。
機械の彼らの感じる空気と香りは、それは確かな優しい癒し。



おわり
2008年12月12日 更新

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