Main

□1
12ページ/15ページ




────まだ、着かない。

その事実に、フラッシュマンは自身の意識が更に昂揚したことを自覚した。
獰猛とも言える程の欲求が、危険なほどの渇望を感じさせる。
何になるだと? 知ったことか。
道の向こうには何がある。山の上には何がある。川の先には何がある。海の
底には何がある。何故それらに行こうと足を向ける。何故行くための手段を講じる。
何の意味があるだと? 笑わせるな。
答えは簡単だろう。そんな単純なことに、何故疑問を抱く必要がある。
その質問こそ、一体何の意味がある。

知らないからこそ、そこへ───あるいは、底へ───行こうとするのだ。

フラッシュマンは、まるで踊るようにひらりとその身を泳がせた。




「っ………」
ふいに、フラッシュマンは目の前を行く事をやめる。今まで進んできた方向を、
彼はくるりと振り返った。そこには、彼の進行を阻もうとした諸々の残骸が
僅かに漂い、更新されていく流動に掻き消されようとしていた。
しかし、彼が意識を向けているのはそれらではない。いっそ狂気にも似た、
全ての感覚を支配していたものはすでに霧散し、フラッシュマンは静かに思案する。
先程、0と1で構成されているこの擬似の身体に、ぱちり、と小さいノイズが
ほんの一瞬感知されたのだ。今この場にいる身体にはクラックもハックも
かかっていないことを確認する。
現実に置いてきた機体に何やら刺激が加わったらしい。意識を完全にこっちに
持ってきて沈めているというのに、置いてきた機体からそのような信号が発せ
られるということは、それだけ与えられた刺激の影響が機体にあったことを意味している。
何かが、自分の機体に起こった。
しかし。
フラッシュマンは揺らめいては消え、流れては再構成される強固で脆い0と1の群れを見つめた。
無視しても問題はない。
セーフティがエラーを発していない。それはつまり、機体の外郭を破って内部
構造に到るような刺激でも、内部構造を直に弄られてメモリやコアに危険が
及んでいるような刺激でもないということだ。現実の機体に危機が迫っている
わけではない。このままダイブを続行しても支障はない。何より、機体に危険が
迫るような場所からダイレクトリンクするような、愚かな事はしていない。
一度きり、ほんの刹那走っただけの儚いそれは、いっそバグか何かとも考えられた。
だがしかし、それはバグではない。
確かに自身に感知されたそれが何を意味するのか、その刺激が何の為に現実の
───今は脱け殻の───自分の機体に与えられたのか、フラッシュマンは
理解していた。デジタルに深く潜ったままそこにたゆたい、少ししてから
フラッシュマンは仕方ない、といったように小さく溜め息を吐く。最後に
ちらりと0と1の群れを、その向こうに更に広がるより多くの0と1の織り成す
深い奥を一瞥し、フラッシュマンは力を抜いて緩く視界を閉じた。
今日は、ここまでだ。
そう声に出さずつぶやいた次の瞬間、彼の全てが暗転する。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ