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格子を擦り抜け壁を壊して。鍵を抉じ開け隙間を広げて。行く手を阻むのを許さずに。
深く奥へと突き進む。
二次元のようで三次元。数字が織り成す仮想の場。擬似でありながら虚ではない。
その不確かで曖昧な空間の底知れぬ先には何がある。



道しるべ



目の前の、何層にも渡って行く手を阻んでいた、かつて壁だったものがざらりと
淡緑色の光の破片となって崩れていく。暗い空間の中で、それは幻想的なほど
美しかった。そうした張本人のフラッシュマンは、つい先程まで熱烈といって
いい程意識を注いでいたにもかかわらず、しかしもう散っていくそれらに興味を
失ったのか視線すら寄越すことなく、開かれた先へととぷりとその脚を沈めた。
脚が沈み込み、次いで腰が、腹部が、胸部が、そして頭部が暗闇と淡緑色の光の
奥へと沈む。そして、より奥深くへと漂い、泳いでいく。
もう何層ああやって突破したのか、フラッシュマンは最早途中で数えることを
放棄していた。現実世界ならば先程の美しいと思える光景を是非写真に残し
たいとも思うのだろうが、今は現実ではないうえに何度も見ているので、
もういい加減飽きていた。しかし光景に飽きても、フラッシュマンは奥へ進む
ことを止めない。デジタルの中に擬似的に構成されている彼は、どこまでも
楽しそうな、酷く狡猾な笑みを浮かべていた。
DWNの六番目の機体、フラッシュマンは今、膨大なネットの中を泳いでいた。
いつもなら意識を半分ほど機体に残し、もう半分の意識でネットに繋がるのだが、
今回はダイレクトリンクでその意識を完全にネットに沈めていた。
このダイブは、任務のために行っているのではない。否、正確には任務で
あったのだが、彼はもうそれを終えてしまっている。今フラッシュマンが
とっている行動は、誰かに命じられたからではなく、彼自身の意志によるものだ。
その意志と行動の目的は、この不確かな海の底を知ること。
底へ辿り着くことだった。
誰かが言うだろう。そんなものを知ったところで何になる。そんな場所へ行った
ところで何になる。あるかどうかも分からないのに何の意味がある、と。
しかし、知ったことではない、とフラッシュマンはにやりと笑みを浮かべた。
ああ、何とも馬鹿馬鹿しい。その言葉こそ何の意味があるというのだ。
限られた知識で何が出来る。
経験もせずに何を語る。
皮肉げにそう思いながら、次々更新され、流れていく0と1の景色を眺める。
益々口角を釣り上げて笑みを深めて、フラッシュマンは自身を支配する昂揚感に
身を任せ、侵入した自身に対する警告を無視して、身のほど知らずにも攻撃を
しかけてきたプログラムを退け、また一つ壁を破って奥へ進んだ。吹き飛び
そうな愉悦に目をギラつかせながら、それでも幾重にも分岐したダミーの道を
正確に見破り、正しいリンク先をより深くへと目指していく。しかし目の前には
まだ0と1の海が、広く深くひたすら奥へ、まるで誘うようにたたずんでいる。
まだまだ底は視認することが出来ない。




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