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□質疑応答
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ますます近づいてその顔をクイックマンが眺めていると、ぱちり、と唐突に
フラッシュマンが目を開けた。
「…うおっ!? クイックそこでなにやってんだ!?」
目を開けた途端視界に溢れた鮮やかな赤い色に、フラッシュマンが仰け反る。
任務を終え体に戻り、目を開けたら最速の兄弟機が至近距離にいたことに、当然だが驚いた。
弟が驚いたことにクイックマンも驚き、肩がびくんと跳ねる。
「はっ! いや、あれ? えっと…」
「……あ?」
問われた事へ理由を言おうとしたが、なぜかクイックマンは説明できなかった。
しどろもどろに言うクイックマンに、フラッシュマンがほうけた声を上げる。

その声を聞いて、クイックマンは益々パニックに陥った。
フラッシュマンの後ろで待っていたはずなのに、なぜ近づいたのか。
なぜ顔を覗き込んだのか。
なぜ、そのまま、離れないでいたのか。
(──────ッ!?)
「違う、俺は! 何も、ただ」
「やかましい、落ち着けこのアホ」
焦りすぎて支離滅裂なことをいうクイックマンに、フラッシュマンがぽかんと突っ込む。
やれやれと呆れたようにため息をついた。
「っとに、後にしろっつったのに、どーせ待ちくたびれたんだろ」
で、何の用なんだよ、と話し掛ける弟に、クイックマンはそうだった、と思い出す。
「………そうだ、あのなお前!!」
しかし。
「…………」
「……何だよ」
「…………」
「…何だってんだよ」
「……忘れた」
「あ?」
何の用だったのか、弟に何のために会いにきたのか、さっぱり思い出せない。
「…………」
「…………」
「…お前マジで? 記憶容量大丈夫か? 博士に見てもらったほうがいいんじゃねえ?」
「う、うるさい! お前が悪いんだろうが!! お前が待たせるから、お前が…」

お前が、笑うから。
あんなふうに、穏やかに。

「─────ッ…!!」
喉からでかかった言葉が、しかし行き場をなくして詰まる。
「も、もういい!」
そう言い残し、訳が分からないままのフラッシュマンをおいてクイックマンは走り去っていった。
「…? わけわかんねえ、何がお前が、だ。あのアホ」
兄のはずの彼は戦闘には秀でているが妙に落ち着きがなく、どこか頼りない。
「何だったんだよ、全く…」
走り去ってしまったのだからもう構いようもないため、取り敢えず奪ったデータを
博士が見やすいよう整理して渡そう、とフラッシュマンはラボに向かうことにする。
不確かな海から引き上げた、目当ての確かなお宝を父に渡して任務は完了。
そのあと写真でもとって、曖昧ではない現実を堪能でもしましょう、そう思いながら
フラッシュマンは歩いていった。


一方、クイックマンはひたすら基地のまわりを走り回り気分を落ち着かせようとしていた。
地面を蹴り、枝を払い、風を切る。
「………っ!」
いつもなら心地よいそれは、しかし今は何の役にもたたない。乱れるパルスは、
一向に落ち着く気配がない。
動力炉が妙に出力を上げ、バランサーが不調なのかたまに機体が傾く。
しかし、セーフティは何の反応もしない。一体自分はどうしたのかと、クイックマンは焦った。
何となく覗き込んだ、筈の、その向こう。一気に視界を占めた初めて見る表情。
青い装甲に囲まれた彼のアイセンサーが開く寸前、クイックマンは自身の手が
不自然に上がっていたことに、今更気付く。
何してたんだろう、何しにいったんだろう。
───何をしようと、したんだろう。
ああ分からない。
熱い。熱い。気持ちが悪い。あの穏やかな笑みが、視界にちらついて離れない。
傾く夕日が、アイセンサーに差し込んだ。暗む視界に、しかしそれでも穏やかな
柔らかい笑みは掻き消えなかった。



現実なのに、デジタルではないのに。
ひどく曖昧で不確かな、思考を乱す感情の正体を、彼はまだ知らない。




おわり

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