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□質疑応答
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好きなデータを引き出して、こっそり勝手に書き替えて、侵入の事実もなかったことに。
ああまったく。デジタルの何と不確かで曖昧なことか。



質疑応答



「おい、フラッシュ」
「ただ今お仕事中でっす。あとにしてくんない」
基地内のシステムを管理する部屋で、フラッシュマンは左手から伸びたコードを
その部屋の大型の機械のパネルにリンクさせて立っていた。
意識を半分ネットの海に、もう半分を基地のなかにおいてフラッシュマンは今、
さまざまな研究施設のデータを盗んでいた。わざわざ施設に赴いて直にハックを
かけなければならないほどのセキュリティではないため、基地内から任務を行っているのだ。
(どこからかしかアクセスできない、とか制限かけなさいな。俺は楽でいいけどよ)
「俺にはサボってるようにしかみえん」
「うるせえなこの体力バカが。じゃ代わりにやってみろよ」
任務中だと言っているのにしつこい兄にフラッシュマンが悪態を吐く。
しかし、実は当たらずとも遠からずで、まだ会社が極秘にしている新しく開発された
カメラの構造データ、戯れに軍部の機密などを盗み見て、しょうもないウイルスに
強化プログラムを仕込むなど、任務をしつつ彼は遊んでいた。
「いつまでかかるんだ」
「うるせえっつってんの、もうしばらくかかるから用があんなら後にしろ」
そう言い放ち、フラッシュマンは四兄から完全に意識をそらす。
弟に袖にされ、クイックマンはむ、と弟の後ろ姿を睨んだ。
───この弟は、弟のくせに弟らしくない。
ヒートマンのようにこども扱いがイヤだから、とかではなく、彼の性格プログラム的に
弟らしくない───というか兄貴肌なのだ。
気に食わん。
クイックマンはそう思ったからこそ、今ここに訪れていた。
弟らしくないこの弟は、自分を兄とは呼ばない。彼には兄が五人いるのに、
兄と呼ぶのは二人だけ、エアーマンとバブルマンだけだ。
たまにふざけてお兄様と呼ばれるときもあるが、基本他の兄は呼び捨てだ。
気に食わん。
そのことにさっき気付いたため、その理由を聞きに来たら、この態度だ。
ただでさえ苛ついていた気分が時を追うごとに悪化する。
「あらら、ここはなかなか手強いじゃねぇの、でも詰めが甘いねぇ」
独り言をつぶやき、弟は両手をパネルについて全意識を沈める態勢をとった。
す、と頭がうなだれ、体がスタンバイモードに移行する。
その様子をみて、クイックマンはますます不満げに睨み付ける。
彼は待つことが大嫌いだからだ。時間はいつでも過ぎていくのに、じっとしてなどいられない。
質問しにきただけなのに大嫌いな状況になってしまい益々苛々し始める。
相手は任務中なのだと、論理的には納得しているが、感情が不満を訴える。
自身の弱点武器をもち、時と競うことを好む自分とは反対に時を止め瞬間を愛する弟。
今、ネットに意識を沈めて、この弟の視界には今何が映っているのだろう。
クイックマンは苛々としながらも、ふと新しく疑問を抱いた。
何となく、意識のない体に近づき、顔を覗き込む。
弟は目を閉じて、眠っているような顔をしていた。まあ、似たような状態なのだから当然なのだが。
しばらくその顔を眺める。
おもしろくない。あぁ苛々する。
すると。ふわりとフラッシュマンの雰囲気に変化があらわれた。
「……!?」
ふ、と感情を表現していなかった唇が、ゆるりと弧を描く。

「────!?」

何だこの顔。
クイックマンが見たこともないほどやわらかく、穏やかな笑みを浮かべ、スタンバイ
モードから再起動に移行したらしい、フラッシュマンから駆動音がしはじめた。
穏やかで、ただ喜ぶようなそれ。
どうやら任務がうまくいって、意識が体に帰って来つつあるようだ。
この笑みは、成功の証らしい。
(こいつは、こんな穏やかな顔をするのか……)
おそらく初めて見る弟の表情に、クイックマンが感心する。
意外な発見に気をとられ、彼は苛々とした感情が納まっていることに気付かない。




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