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思い通りに流れない景色、予想より動きの鈍い機体、明らかに足らない速度。我知らず手を伸ばす。
遠くないその内、何れはこの手が掴み取る。分かっている。
それでも遥か、求めるは。


がしゃり、と音を立てて大柄な赤い機体が座り込む。一拍置いて荒々しく排気が吐き出された。
立てた膝に腕をかけ、こうべを垂れる。鋭い視線を放つアイセンサーは、目蓋の奥へと姿を隠した。
夜も遅く、月が明るく光る中。地面に座り込んで機体を休めているのは、ワイリーナンバーズで
最速の名を冠し、圧倒的な戦闘力を誇る機体────クイックマンだった。
いつも表情なく冷静に戦場に燐と立つ普段とは違い、苦しげに熱を吐き出していた。
夜半のトレーニング。
彼の完成度はまだ半分で、未完成なのだからまだ無理を強いるなと創り主のワイリーから言い聞かされていた。
それに従い、フルパワーは出していない。それでもこうしてオーバーヒートを訴える機体が、煩わしくてならなかった。
早く、速く走りたい。
出来上がっていない機体を許容以上に動かしたが故の、籠もる熱を冷やしながら
自信の完成を待ち遠しく思う。ふと目蓋をあけると、自信の影がこの時間にしてはくっきり見えた。
頭を上げれば、大分傾いてはいるがまだ月が明るく照らしていたためだとわかる。
それを至極どうでもいい観念的な情報として処理すると、視線を動かした際にちかりとアイセンサーが光を拾った。
遠くの基地内、廊下。
月明かりに一瞬煌めいたそれに無意識にピントを合わせれば、窓の奥で酷く愉しそうな下卑た表情を浮かべる青。
同胞。兄弟機。ナンバーズ。
クイックマンにとってこれまた至極どうでもいい存在のうちの、一体。
そう言えばあれは自分とは違い最早出来上がっている機体であったと、データベースが情報を引き出す。
だからとてどうということはない。悔しいとは思わない。視界に入っただけの
景色の一点として青を見るともなく見ながらクイックマンは思う。
さっさと出来上がれと思うのは自分の機体。
仇敵と定められた小柄な青い少年型機体の腕を落とすには十分な速度だったと創造主は楽しげに語っていた。
そうではないと自分は分かっていた。
あの時はただ、あの機体は満身創痍の状態だった故に反応しきれなかっただけだ。
万全の状態のあの機体と、完成した自分の機体があいまみえることを、クイックマンは望みとしている。
精度を上げたピントは、まだ青を視界に収めていた。自分とは真逆のコンセプトから創られた存在。
自分の目指す、超えるべき光を、速度を止める存在。
あれが纏う青が、回路の中で一瞬仇敵と重なり、しかし直ぐにくだらないと打ち棄てた。
自分が倒すべきは。壊すべきは。超えるべきは。
クイックマンは立ち上がり、先ほど走ってきた方向に今度は機体を向け、来た道を戻るように駆けだした。




思い通りに流れない景色、予想より動きの鈍い機体、明らかに足らない速度。
届かないとは思っていないが駆けるその先へと、我知らず手を伸ばす。
遠くないその内、何れはこの手が光の速度を掴み取る。
予知でも予測でも、況してや希望的観測でもない、実現すると分かっている。知っている。確信している。
それでも遥か求めるは、今はまだ届かぬ。届かぬ。




おわり

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