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ごぷん、と空気が逃げていく。
かかる水圧に絞りだされるように奪い取られるそれは、もう遠く離れていく。
私にはなくても構わないそれ。
光り差さないほどの深海から浮かぶそれは、徐々に光を浴びてきらきらと輝き、終には水面へと辿り着く。
そして、空の一部へと戻るのだ。




─────泡とおいかけっこして楽しいものか?

空に吹く風を司る、明るい緑の機体色をもった兄弟機体の言葉が回路をよぎる。
海中から思い切り息を吐いたらどうなるか。泡はどんな風に上がっていくのか。
そんなただの知的好奇心から来た観察の行動だったのに、遊んでいたときに至極冷静に突っ込まれてしまったのだ。
別にいいじゃない、ほっといてよ。
自分が夢中になっていたことをそう言われてなんだか悔しくて、恥ずかしくてむくれたものだ。
「あら、スプラッシュ、何してるの?」
「あ、お姉様!」
回想しながらプールで水中から水面へとくるくる泳いでいれば、姉機体が来るのが見えて淵へ上がる。
すぐに柔らかなタオルがかけられた。
「ありがとうお姉様!」
「元気そうねスプラッシュ、定期メンテナンスの結果はどう?」
「今結果待ちです。駆動系に大したことはなかったからプールで泳ぐ分には構わないってお父様が」
「そうなの」
くすくすと他愛無いお喋りに興じる。さらりと流れる、陽光にも月光にも似た綺麗な金糸。
私よりもずっと前に作られて、そのずっと長い間存在し続けている、眩しい存在。
かつて廃棄処分されかけた身から言えば、彼女が羨ましくないといえば嘘になる。
暖かな手が触れてくれる。水中にいた機体には、それは酷く暖かくとても心地よかった。
「元気そうで安心したわ」
「ロールお姉様もお元気そうで! ロックお兄様は?」
「そうね、そろそろ帰ってくると思うけど。ロックもあなたに会いたがっていたわ」
「あら、嬉しい!」
もう一体の、より特別な存在。
大地を模したような髪色の、姉機体と同じくずっと前に作られてずっと存在し続けている兄機体。
眩しい存在たち。
彼もきっと優しく暖かな手を差し伸べてくれると思うと、泣きたくなった。


─────泡とおいかけっこして楽しいものか?


いつか聞いた疑問がリプレイされる。
明るくお喋りしている中、回路の隅でひっそりと頷く。
ええ、楽しいわよ。
きらきらと輝いて綺麗だし、ふわふわと不規則な形は面白いし。
そして。
泡は、私に似ているもの。
海に包まれ、一時の稼働の輝きののちに飛沫のように弾ける姿は、もしかしたら私だったのかもしれないのだから。


ぱしゃりと尾を跳ねさせれば、飛沫がゆるく空を舞った。
少しだけ水中に紛れた空気は、細かい泡となりすぐに浮かんで空中へと戻る。
室内の灯りの下、それはきらきらと輝いた。





おわり

13年11月22日 更新

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