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ぎちん、と指間接が軋む。
うっすら目蓋をあけると、ぼんやりと自身の手が見えた。力なく投げ出されて床に沈むそれ。
微かに丸まった指先は、しかし何も掴んではいなかった。




「あ"ー…」
吐息に似た排気とともに、擦れた低い声が漏れる。
何してるんだっけ。
起動したものの、鈍いままの回路でフラッシュマンはぼんやりと考えた。
それでも回路を走らせる。
状況確認。
 スリープより起動。順次システムロード中。非戦闘時の為問題無し。
機体状況。
 床に横たわっている。若干のオイル不足と温度により間接不具合あり。動力炉出力増大。
 機体熱、若しくは時間経過で改善可能。問題無し。
連絡確認。
 通信、及び音声データ受信無し。問題無し。
時刻及び場所確認。
 朝方四時、場所はエントランス。問題無し。
スリープ前のメモリリプレイ。
 任務。帰還後エントランスに入った後、諸事情によりシステムダウン。不具合、問題無し。
(あー……つまりはここで寝てたのか…)
状況把握して、しかしフラッシュマンはそのまま起きようとはしなかった。
機体を包む倦怠感に身を委ね、微睡みを味わうようにゆったりと目蓋を落とし、
じんわりとアイセンサーに洗浄液を染み渡らせる。
心配性で目ざといのや、やたらと騒ぎ立てるのといった兄機体たちに見つかる前に、
早く自室に戻るべきだとプロセッサが訴えるが無視をした。
(……クイックは別任務だから見つかる心配ねーし、メタルはこんな時間に起きねーし、もう少し寝るか…)
ふわふわとした意識が再度沈んでいくのを感じる。機体が冷えきって少し痛むが大したことはない。
ふう、と排気を漏らし、無意識に指が何かを掴むように丸められ、ぎちん、と小さく音が立った。

すると突然、ぎゅ、と手を握られる。

「……?」
「起きたか」
「あに、き…?」
眠い状態で半目を開け、それでも驚きに惚けた声が漏れる。うすぼけた視界に、
普段こんな時間に起動なんてしていないはずの次兄機体が映っていた。
「任務先で派手にやってきたらしいな。それは別に構わんのだが、疲れ果ててるくせに
 部下と別れた後無理して一機でここまで帰還してするなら、せめて連絡くらいしろ」
こんな所でスリープするなら尚更だ。
言いながら、エアーマンは掴んだ手を引いてフラッシュマンの上体を起こし、
そのままひょいと抱えあげた。すたすたと部屋に向かう振動を感じながら、少し
気まずげにフラッシュマンがエアーマンを伺う。
「……もしかして、うちのジョーから連絡がそっちに行ってたりとか…?」
「無かった。どうせお前が口止めしたんだろう。俺もお前がここで寝てるのを
 今さっき見て気付いた。任務云々は、今ジョーに確認をとった」
心配していたぞ。案の定だったというのは黙っておいたが。
早朝ということもあり小さめな声で、しかし嗜めるようにエアーマンが声に厳しさを滲ませた。
「んー…。言い訳だが、ここで寝るつもりじゃなかったんだぜ。帰還したのも、
 早く解析が必要だったからで」
「言い訳だな」
ぴしゃりと言い切って、エアーマンがフラッシュマンを黙らせる。
「……すみません」
「以後気を付けろ、と言いたいが、今はとにかく機体を温めて眠れ。メタルを呼ばれたくなければだ」
「……分かったよ」


冷えきった機体は、今だに間接を動かすとぎちん、と軋む。
厳しく嗜めながらも、暖かな気遣いと温もりをくれる腕に抱かれながら、自身の部屋までの
距離が近しいことをフラッシュマンは眠い回路のなかで少しだけ惜しんだ。
僅かに丸まったままの指先が、濃い青をゆるく、ほんの少しだけ掴んだ。



おわり



12年11月2日 更新

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