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ドアが開いた瞬間。
音もなく零れ落ちるそれに、思わず言葉を失う。
目の前の光景にどうしていいか分からず立ち尽くし、排気すらその循環を止めた。
その間にも目の前で雫は絶え間なく伝い、自らの重みに負けて次々と滴っていく。

泣いている。

理由は分からないが、目の前で、彼は一人で泣いていた。
その現象を回路で認識しながら、足はしかし痺れたように動かない。
いつ見ても、慣れない光景だった。
力なく震える肩も、噛み締める口元も、眇る目元も。
何度見ても、慣れない光景だった。
あまり意味をなさない、表情を隠すように額にかざした手も。
床に落ちたそれが、小さくぱたりと音を立てた。
その零れるものを拭う権利を思い返し、呼ばれたように漸く一歩歩み寄る。
途端ぴくんと肩を震わせ、今更、少し気まずそうに、逃れるように彼は顔を少し背けた。
それを無視して腕をのばし頬に触れるが、その濡れた感触に手のひらのセンサーが戸惑う。
膝をついて、椅子に座る彼と視線の高さをあわせれば、青い肩が居心地悪そうにみじろいだ。
半端に目元を隠す手を取り、全貌をさらさせる。
目の前に表れる赤くなった目元。こちらを見ようとしない伏せられた視線。濡れた頬。
止まらない雫。
途端こみあげるものが何なのか把握できないまま、とにかく腕の中へと閉じ込めた。
暴れる普段とは真逆に、静かに肩に押し当てられる熱い感触。そして装甲を伝う雫に、
ただただプロセッサは鈍る。
思い出したように漸く熱が吐き出され、唇が僅か震えた。
肩に埋まる頭を覗き込み、見える目元に指を寄せる。緩い力でそっと撫でれば、
拭い取れた雫が赤い色を伝い落ちた。
回路に走るノイズのような何かを認識しながら、しかし誤魔化すように分析は後に回す。
拭っても未だ流れる液体に、今度は目元へと唇を寄せた。
理由は知らない。理由は分からない。原因を聞くべきなのかも、戸惑いを覚える。
聞いていいことなのか。それより聞いたって答えるのか。否、聞いても何かできるのか。
ただでさえまともに働かない回路がぐちゃぐちゃと乱れる。
どうしたらいいか分からない。
しかしただ思うのは、傍にいてやりたいということだけだ。
泣くななんて言わない。泣いたって構わない。そんなことが問題なんじゃない。ただ。

一人で泣くな。

ずっとたれていた力ない腕が緩くあがり、そっと自身の赤い背へと手が添えられる。
ふわり控えめに、たどたどしく縋るような力加減に、逆に強く抱き締めた。
っく、と少し苦しげな排気が聞こえたが構わない。
ぱたり、また一つ雫が滴り落ちた。




おわり



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