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この手を背に回すのも、ただ触れるのですらも憚られる。
だからとて決して脆くはない、その存在。
背丈は自分より高く、武骨な手はその外見に似合わず細やかに動く。
柄の悪い、いつも皮肉を込めるその鋭い視線は、しかし怯えて不器用な自分には
優しく向けられ、微笑んでくれる。
背に回り、戸惑いなく触れるその手に、それでもこの手は動こうとしなかった。



「何、不貞腐れた顔してんだ」
兄弟、そう穏やかな低い声がバイザーで隠れた表情に降り注いだ。笑みすら含まれた
親愛に溢れた色をしたその声。発した持ち主が使う特別な呼称は、仲間内で
ただ一体にしか向けられないものだ。しかし向けられた相手は、不機嫌そうにふいと顔を背ける。
「別に、何でもない」
「何でもないなら、顔上げろ」
言いながら、ソファに肘掛けて楽しそうに眺めるだけだったのから、床に座り込む
朱に合わせてぎしりと傍に下りた。次いで、青い腕がのばされる。
「クラッシュ」
優しい声。そっとバイザーに触れる指。丸みをもつ装甲をつるりと滑り、頬を包む横へと辿り下りた。
「いつまで拗ねてるつもりだ?」
「………って、これで何度目だよ」
「今度俺がメタルと組むことでまだ何かいうつもりなら聞かん。その話なら、何度もした」
「っ……」
「そうだろ?」
言葉を重ねて問い掛ければ、石を水面に投げ込んだように感情を波立たせる。
唇を噛み締め、悔しそうに声に出した。
「って、メタルだって、メタルの武器だって、お前を、弟を傷つける…! なのに……!」
「クラッシュ」
制するように名を呼べば、びくんと朱の機体、クラッシュマンは言葉を切った。
しかし、漸く顔を上げて視線を合わせ、くしゃりと表情を歪ませる。
「俺だって、お前を守れる、お前を傷つけない…!」
「知ってる」
はっきりと言い、泣きそうな小柄な朱を青い色が包むように抱き締めた。
「言ったよな、お前ほどの火力がいるわけじゃないからってだけだって?」
ん? と聴覚器に囁きかける声と包まれる感を受けながら、クラッシュマンは
機体の緊張を徐々に解き、次第にゆったりと力を抜いていく。触れる青い色に、こつりと頭をもたせかけた。
「……言った」
「なら信じろ」
「…………」
「あーもー……少し遠征行ってくるだけだっつの」
返事のない朱に、青い機体、フラッシュマンはやれやれと溜め息を吐く。
任務編成でこうまでごねられ、少し途方に暮れはじめた。その溜め息を拾い、
クラッシュマンがなら、と呟く。
「……キスさしてくれたら、信じる」
「っ!? はぁ!? おっま何言いだすかと思えば…!」
不貞腐れたまま見上げれば、真っ赤な顔をした相手が困惑に焦っていた。
しかし少ししたら、酷く恥ずかしそうに目蓋を下ろし、薄い唇が待機の姿勢をとる。
それにぶつけないよう気を付けながら、く、とクラッシュマンは自分の顎を持ち上げた。
抱き締めている腕は青いもので、朱の腕は両脇にたれたまま動かない。
唇がゆっくり重なり、小さく舌を出してぺろりと舐めると今度は青い背がびくりと震えた。



壊せると知っているからこそ、この手を背に回すのも、ただ触れるのですらも憚られる。
決して脆くはない、その存在。だがそれを上回る力をこの手は持っている。
背丈は自分より高く、故に視線を合わせ屈んでくれる。
武骨な手はその外見に似合わず細やかに動き、世話をしてくれる。
柄の悪い、いつも皮肉を込めるその鋭い視線は、しかし壊してしまいそうだと
怯えて不器用な自分に優しく向けられ、微笑んでくれる。
それらが何より愛しいからこそ。
背に回り、戸惑いなく触れるその手に、応えようとするこの手を動かさないようにそれだけをただ意識した。
柔らかな唇だけは例外であれと祈りながら。




おわり

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