Main2

□2
18ページ/31ページ






無重力に似た浮遊感の中で、機体はまるで身を守るように丸くなる。
触れることは叶わない。熱も伝わらない。ましてや、言葉を交わすことすら。
しかし、それでも構わない。






『  、 ───   』

言語となる以前の、本当に只の信号だけを通信に乗せて目の前の機体へと送る。
別段会話がしたいわけではない。だから言葉を形成しなかったまでだった。
ただ、こんなにも近しいのに声すらも届かないのが厭わしくて、そしてその視界に
収まりたくてそうしたのだ。閉じたままの目蓋、唇。眠っているようなその姿。
それが嫌で、意識を向けさせたかっただけなのだ。
すると、案の定閉じていた目蓋がぴくりと動き、うっすらとアイセンサーが覗く。
自分を認識したのか、丸まっていた青い機体はゆるく四肢を延ばし、こちらに顔を向けた。
こちらに近づくように動いた手足に従い、不気味なほど接続されている何本もの
コード達がゆらめいて彼に付いてくる。
こちらを見る相手は少し目線の高い場所から、どうした、と問い掛けるようにこくびを傾げた。
相手からの声も、自分には届かない。故のジェスチャーだが、それがどこか幼く見える。
それに答えるように、こつりと額のブーメランを押しあてた。
冷たい温度がセンサーに感知され、しかし相手の存在は視覚以上には分からない。
今度はこちらが目蓋を閉じる。すると、唯一存在を感知できた情報が遮断されて
今この場にいるのは自分のみのような感に襲われた。

厚めの強化ガラスと隔たれている、相手と自分。

ガラス内の青い機体───フラッシュマンは今、陸上用に設計された機体への
水中での負荷のデータを得る実験のために、特殊な液体に満たされた巨大な水槽の中にいた。
深めの海を模したその環境には、声どころかガラスを叩くくらいでは音すら通じない。
だからとて思い切り叩いて割れでもしたら実験の意味がなくなる故に、視覚以外に
交わせるのは通信くらいのものだった。
目蓋を開くと、先程言葉以前の信号だけを送ったから大した用ではないと断じたのか、
フラッシュマンは不思議そうにこちらを見るだけで通信は返さない。
その様子にアイセンサーを笑みではなく細めさせる。
ふと見ると、彼はガラスに両手を付いて機体がゆらめかないよう位置を定めていた。
そのガラス越しに、その白と黄色のアシンメトリーの手と自分の手を重ねる。
熱どころか、ガラスに触れる互いの振動すら感じられない。
もう随分と、この青と隔てられて時間が経っていた。
一定の期間の、ただの実験だと分かっている。それでもいい加減、この現状が厭わしくて仕方がなかった。
再度視線をあわせようと顔を上げると、鼻先がガラスを掠める。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ