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伸ばされる。捕まれる。引かれる。
それが欲しくて、背を向ける。



足早に歩く音が、少し前からセンサーに感知されていた。
もっと前から感知されていた機体信号は、うろうろと忙しなく基地を動き回っていることを教えている。
しらみ潰しに各階、格廊下、格階段と。まるで何かを探しているように。
そんなことを思っていると、背後から声がかかった。
「あ、いた。おい、今暇か?」
「ぁんです? 今…そっすね。暇っつか、まぁ、暇だけど」
「なら、わり、ちょい来てくんね?」
そういって、白い右手が腕を掴んで軽く引く。そのまま、目の前の青い機体は歩を進めた。
結果、半ば強制的に、腕を引かれるまま自分はそれに付いていく羽目になる。
青い機体が、やれやれとため息を吐いた。
「あーもー、やっと見つけた。何でてめーいっつも機体信号切ってんだよ」
「雑用逃れに決まってんじゃん。つか、通信で呼べばいーじゃないすか。それなら
 わざわざ探さなくてもいーのに」
「受信拒否してんじゃねーかと思ってな」
「してねーっすよ、ひでーな」
自分を探していた、なんてさも知らなかったかのような会話をしながら、掌から
伝わる温もりに意識を取られる。動き回ったせいか、少し暖かい。
「つか用件は?」
「こないだ、てめえが取ってきた地形データあるだろ。あれ、確か別角度からの
 データも取ってたはずだろ? 照合しようと思ってな」
「あー。へー。大変すね」
「他人事みたいにいうんじゃねーよ! てめーがいなきゃ出来ねーから探したんだぞ!」
「わぁ、俺ってば有能」
「あー殺してぇこいつ」
探されていたなんて、知っていた。
この機体がこの基地をあんな風に動き回るのは、他でもないどこにいるか分からない
自分を探すときだからだ。
目の前をいく青い背を眺め、唇がゆるく、どこか自嘲的に釣り上がる。


ねえ、そうやって手を伸ばしてほしくて。捕まえてほしくて。引き寄せてほしくて。
求められることを求めているからこそ、俺は貴方に背を向けるのだと。
姿が無いのを探してほしいからこそ、俺はわざと信号を切るのだと。
これを知ったら、貴方のこの暖かい手はもう俺へ伸ばされることは無くなるでしょうか。


びきん、と回路の奥が急に冷える感に襲われる。
対面していないこの隙に、表情に出かけた怯えを退けた。
「可愛い後輩に殺すだなんて、鬼」
「おいやめろ可愛すぎて捻り潰したくなる」
かつかつと廊下に反響する足音が、今は二重でセンサーが拾う。
下らない会話をかわしながら、目的地だろうラボが近くなるのを惜しく思った。


相手が来てくれるから、動かない。
そんな、動かなくていい言い訳を見つけては、安堵と焦燥、自尊と不安に回路は乱れる。
キスしてくれたら、キスできるのに。
そんな相手任せのことを思っては、臆病で卑怯な切望に、自身に嫌悪がわく。


「今暇っつったろ。ちゃちゃっと頼むわ」
「へいへい、しょうがないっすね、やりますよ」



手を握られるのではなくて、腕に触れられるので良かったと思う。
握り返すか否かという選択肢は、そこには発生しないから。




おわり

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