APH*

□忘却の壺
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おずおずと言い訳がましく訴える。

「ぇー……人には“忘却の壺”というツボがありまして」
「割っちまえ、ンな壺」

背を向けたまま、気持ちいいほど一刀両断で返され身を縮めた。

“死”・“睡眠”に次ぐ“忘却”という甘美な行い。
決して割れる様なツボではないのですよ。
すっぽり収まってしまった貴方の名が悪いのです。

思考とは真逆に小さく縮めた身に、カードが示された。
「ほれ」
「?なん……っ!!」

カードには師匠の名が彼の言語と世界語と私の所の言語、つまりカタカナと漢字で書かれていた。
数日前はミミズがのたくったような、それはそれで非常に味のあるひらがなだったのに、別人のような見やすい綺麗な字で。

「ふふんっ。驚れぇたか?」
「っ……・はい!凄い……」

驚き過ぎて。

自慢ではないが私の家の言語は欧米の方からは“難しい・理解しづらい・文字を一つにしてくれ・大体何故縦に書く”で有名だ。
悪党の様な高笑いで、卓上に踏ん反り返る師匠の姿をまじまじと見入る。

「俺様、天才だしなっ!!」

あぁ、本当にそうかもしれない。

嬉しさと感心でいっぱいになり、深く息を吐き出して改めてカードに目を落とす。
国名の下に書かれた誰かの名前らしきものに気付く。
考えなくとも師匠の名と推測出来る。が別の何かであって欲しいと願う。

「……じ・“人名”も、ですか」
「ったりめぇだろぉ?“国名”は変わっちまうが、“人名”は変わらねぇからな。きっちりしっかり血肉、骨の髄と魂に刻み込め!」


……やっぱり。

なんだか楽しそうな師匠を見上げガックリと肩を落とす。
だってこの人、物凄く下を噛みそうな名前で。欧米の人はどうしてこんな難解な名前なんでしょう。

“タロウ”とか“ハナ”なら、誰からでも覚えて頂けると云うのに。
恨めしくカードを睨んでいると大きな手が遮る。
「っ……ぇ」
「さぁ!俺の“人名”を言ってみようか!」


そぅキタか!!

ガタン。と音を立てつい椅子ごと後退りすると両腕を掴まれた。

「何故逃げる」
「じょ……条件反射です」
はぁ……と呆れたような溜息をつかれた。
手はしっかりと私の視界からカードを隠したまま。

「そんな、今しがた知ったばかりじゃないですか?」
「見たばっかだゼ?言えンだろうが」
「……がっ」


ガンダム。
……ではない。

ガブラス、ガーランド、も違う。


真っ白になりそうな思考を何とか引き戻し今さっき見たばかりのカタカナの羅列を絞り出す。濁音があった。
確か。


ゲ……ゲルググ、違う。
ブ、ブー…ブッチャー。全然違うな。
ゴ、ゴ……ゴー……ゴルベーザ。

ゴルベーザ……か?


無常にもしれっとした顔で、師匠は指を振りだしカウントを取り始める。
「3・2・1……はい!」
「デ・デルモンテさん?」
「トマトソースかっつーの!米国企業っ」
ピシッ!とオデコを指で弾く。


痛い、痛すぎる。

半泣きで抗議を入れるが聞き入れて貰えない。
にしても私に合わせたツッコミが即座に出るあたり、やはり“師匠”とお呼びするに相応しい

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