APH*

□貴方の名が覚えられない
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どうしてこうなったのだろう。

うっかり自分の所と同じつもりで、部屋を出てしまった。
でも城内を少し歩いて直ぐ部屋に戻るつもりだったから、石造りの城の中がかなり寒く感じても
「まぁ、いいか」
と思っていた。
異国の柱や窓枠の装飾、天井などしっくり観察出来て少し興奮していたせいもあるだろう。
あまり寒いと思わずにうろうろと歩きいつの間にか外へ出てしまった。

帰りの道筋が解らない。
外は雪が積もり方向を見失う。
雪溜まりにハマりうっかり倒れもう起きる気力さえない。
ゴロリと仰向けになるとチラつく雪が結晶化してキラキラと降り注ぐ。

「綺麗ですね……」

他人の庭で遭難するとは思わなかった。




名前がどうしても覚えられない。
顔を覚えるのも苦手だが、人の名前は更に苦手ときた。
名前など無くてもいいのでは?とも思う反面、それが大事なモノだとも理解している。
他と己を隔てるモノ。
他を他と理解するモノ、己を己と確認するためのモノ、己を保つ拠り所。
“言魂”というモノがあるが、名前もある種呪いだ。

深い溜息をつき頭を振った。
イケナイ。
またどうでもいい事を捏ね繰り返し、目的から逃れようとしている。

この名はなんとしても覚えなくてはならない。
法を勉強しに来た。聞えは易いがここ欧州は争い事の絶えない所。
常に敵味方と腹を探り合っている状態。
あまり国交のない遠方の国、間者と勘繰られてもおかしくない所をあっさり承諾してくれたのだ。
いつものように適当に誤魔化すのは無礼というもの。

「……へろいん、では無く」

手の平をすがるような気持ちでなぞる。
昨日、当の本人がわざわざ“ひらがな”で書いてくれたモノは洗ったら消えてしまった。
彼は“ひらがな”で自分の名を書けるのに、私は覚える事さえ出来てない。

「……不甲斐無い」

ウチの人が改めて書いてくれた覚書は目の前。だが出来れば自力で思い出したい。
あんなに復唱したのだから、幾らなんでもそろそろ覚えてもいい頃合いだ。

「スペランカー、いや?伸ばす音は無かった」

じわじわと右手がメモに伸びるのを左手が押さえる。
駄目。



駄目だ。



駄目だ。


イケナイ。

メモを見たら負けだ。

「……プリン……もうチョイ長い。プリンタイ、ヘンタイ」

……近い気がする。

「エビセン……カニセン、ワレセン、カタヤキセンベェ、オダンゴ、ユドウフ、ウメボシ」

違う。これは私が食べたい物。やめられない、止まらないってヤツだがここは遠い異国。

……切ない。

“カタカナ”にすればそれらしく聞えるけど、それでは意味がない。
食べ物の類は面白い程良く浮かぶのに。
大きく息を吐き出した。考え過ぎて吐きそうだ。

あぁ……少し外の空気に当たって来た方が良いかもしれない。
約1時間後、そう思った事を後悔する事になる。

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