Hyotei

□あと、一秒
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好き。
好きなんだ、これは、恋。
気付いた瞬間、俺は電車に飛び乗っていた。



「…で、何の用なんだよ」

「会いたくなったから、じゃあ理由になんないかな」

「却下だ。…はぁ、お前、電車賃は大丈夫なのか?」

「うん、それは平気。日吉くんに会うためだからね!」

時は夕暮れ。
氷帝の制服にまぎれて立海の制服がよく目立つ。
突き刺さる生徒の目を無視して、俺よりほんの少しだけ高い肩を並べて歩いた。

「あ、あのさ、」

「なんだよ」

柄にもなく俺は緊張して身体はガチガチ。
変に意識してしまう俺はきっと恋してる、ってことなんだ。
改めて考えてみるとなんだか恥ずかしくなって、赤くなった顔を見せないように下を向いた。

「俺さ、本当は言いたいことがあって、ここまで来たんだ」

「?…あぁ」

「えーと…その、あー…」

「・・・・・ハッキリしろよ」

ダメだ。
俺のばか。あほ。ヘタレ。
だから仁王先輩にいじめられるんだ。
日吉くんは困ったように眉をしかめてこっちを見てる。
その視線が、俺に向いていることに嬉しく思ってしまう。
こうやって、ずっと俺だけを見ていてほしいんだ。

いつの間にか日吉くんの家の前に着いていて。
辺りはもう薄暗く、街灯に照らされてふたつの影が伸びていた。

「あのさ、俺、」

いつもの鋭い瞳とか、
さらさらの栗色の髪の毛とか、
テニスしてる割に白くて細い指とか。
その全てを、守りたい。


「俺、日吉くんが、好き」


いつになく真面目な顔をして言ったからなのか、日吉くんは呆然と立ち尽くしている。


「俺に、守らせて、」


言い切ったあと、俺は思い切り日吉くんを抱きしめた。
細い背中に腕を回すと、戸惑いの声が挙がる。

「き、りはら…?」

「ごめん、あと、一秒だけ」

あと少しだけでいいから、
この暖かさと日吉くんの甘い香りを俺だけのものに。

「おい、おま、えっ…」

「本気だよ、俺。本気で、好きなんだ」

肩を優しく掴み、真っ直ぐな瞳を見て。
いつもの鋭い瞳はどこか、潤んでいるように見えた。
こんなにも好きになるなんて、
誰が予想したんだろう。
瞳を合わせるだけで、こんなに切なくて、
こんなに愛しいなんて。
苦しくて、切なくて。
胸が締め付けられる思いをするなんて。

「…っ、ごめん」

これ以上見ていられなくて、思わず日吉くんの肩口に顔を埋めた。
熱い吐息が耳を擽る。

「き、りはら…、」

「ごめん、」

「ッ、この、馬鹿也!!」

ゴン、と思いっきり頭を拳で殴られる。
いいもん持ってるな、襲われても大丈夫だろう、なんて場違いなことを考えていると。

「いッ…な、なにするんだよっ」

「人の話を聞けってんだよ!そんな捨てられた子犬みたいな目してっ」

一気に凄い剣幕で怒鳴られる。
俺はただ呆然と突っ立っていることしか出来なかった。

「ふざけんなッ、テメェは言うこと言って終わりかよ、俺の気持ちはどうなるんだよっ」

「え、日吉くん、お、落ち着いて」

「テメェが変なこと言うから悪いんだろッ、俺を困らせたいのか!」

言いたいことを思い切り吐き出したのか、肩で息をして顔は真っ赤だ。
こんなに怒っているのはきっと俺の所為なんだと思う。
だけどその理由がわからない。


「俺はッ・・・・・、お前が、好き、なんだよ」


その言葉は数秒経ってから俺の脳に入ってきた。

「…え、好きって、え?」

「そのまんまの意味だ、ボケ」

吐き捨てるように言うとそっぽを向いてしまった。
つまり整理すると、俺は日吉くんが好きで、日吉くんも俺のことが好きで。
つまり、両想い。


「ほ、ホントッ?!嘘じゃないよね?」

「俺が嘘つくと思うか?」

「思わない、けど…あーダメだ、俺すっげーカッコ悪い」

「元からカッコ悪いだろ」

「ちょ、ヒド!フォローしてよ!」

なんだか凄く遠回りしてしまったみたいだけど。
かっこいい告白なんてできなかったけど。
ゆっくり、ゆっくり。
小さく震える唇に触れるまで、

あと、一秒。



END.

*  *  *  *
(あとがき)

ヘタレ乙女赤也


08.12.15

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