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□日記ログ
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【ヒバゴク的納涼】


「うわっ!やべーよ、見ろよヒバリ!足が…!」
「ふーん。単にカメラがブレただけじゃないの」

先程から隣で隼人が夢中になっている番組。何でも夏の心霊特集とかで、心霊写真だとか体験談を元にした再現ドラマだとかを放送している。
隼人は怖がって喚いたり五字切りを始めたりしているが、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。
画面の中では、写真コーナーが終わり再現ドラマで女が震えながらもドアノブに手をかけて部屋の中に入っていくところだった。

「ねえ、何でこの人怖いのに開けちゃうわけ。怖いんだったらほっとけばいいのに」
「バッカ、それじゃあ話になんねーだろが」
「何それ。本当にあったんじゃないの、この話」
「うるせー、黙って見やがれ」

ケチつけんな、とかぶつぶつ呟きながらまた画面に釘付けになっている。
僕は見えないようにそっと溜め息をついた。せっかく一週間ぶりに彼の家に泊まりに来たっていうのに、隼人は変な番組に夢中で僕に見向きもしないし。

正直、面白くない。

髪をくくったことで露になっている白い首筋にふーっと息を吹きかけると、大袈裟に肩を揺らして艶っぽさの欠片もない断末魔みたいな叫び声を上げた。

「てめっ、タイミングよく驚かすんじゃねーよ!びっくりすんだろが」
「はあ…?」

画面を目を移すと、どうやら幽霊が出てくるのと同じタイミングだったようだ。そんなもの別に狙ってないのに。
深い溜め息をついてソファに押し倒してやったら、隼人は訳がわからないと言うように目をぱちくりさせて仰ぎ見た。

「幽霊なんている訳ないでしょ。ねえ、あんなつまらない番組なんかより僕と…ぐっ!?」

捲れたTシャツの中に手を這わせていたら、急に腹に鈍い衝撃が走り後ろによろめいた。殴られたらしい。

「てめえ…幽霊を馬鹿にしやがったな。お前絶対呪われるからな!あーもう今日とか絶対出てくる。巻き添え喰らいたくねえからお前ソファで寝ろよ、いいな」
「………え?」



―チッチッチッ

「…何でこんなことに…」

ソファに横になって、先程投げつけられたタオルケットにくるまり身をよじる。
明かりの消えた暗い部屋の中には、時計の秒針が動く音と僕の溜め息だけが虚しく響いていた。

口ではそんなこと言っていても本心は違うだろう、と半ば強引に押しきろうとしたのだが、結構本気だったらしい。思いっきり殴られた後、鍵をかけて布団と共に閉め出されてしまった。

「はあ…」

漏れるのは溜め息ばかりだ。だってまさかこんな事態になるなんて。
幽霊なんてもの、いる訳ないじゃないか。あの子は不思議なものが大好きだからな、あんな番組を信じて馬鹿みたいだよ本当。

僕は怖くなんてないし、幽霊がもしいるとしたらそれは相当強いのだろうか。そうだとしたら是非とも戦ってみたい、咬み殺してあげるよ。まあ、既にこの世のものじゃないんだけどね。
そうだ、もし触れなかったら一体どうしてくれよう。さすがの僕でも、触れられない敵は咬み殺せないな。
念力?いや、僕にそんな力は。

一人でそんなことを悶々と考えていたら、いつのまにかうとうとしてしまっていたようだ。ふと気がつくと、頭がぼーっとして、身体が鉛のように重い。ぼんやりと部屋の中が見える。

ふいにカタン、と音がして背後から何者かの気配がした。続いてずり、ずりと床の上をゆっくりと這うような音。酷く悪寒がした。

(まさか…幽霊?…まさか、ね)

反射的にトンファーを取り出そうとしたのだが、身体が全く言うことを聞かない。意識はあるのに、身体が重くて動かせないのだ。
まさか、これが例の金縛りってやつかい?ワオ、初体験だよ。

それにしても、あまり嬉しくない初体験だ。
くそ、こんな奴、身体が動けばすぐに倒せるのに。ずり落ちてくる目蓋を何とかこじ開けようと頑張っている内に、その気配は僕の目の前まで回り込んできた。
緊張が走る。汗が背中を伝って、もう駄目だと思った。



「…雲雀、」



「え?」

聞き慣れた声がして、瞬間重かった目蓋が嘘のように一気に開いた。目の前には、幽霊なんかじゃない、愛しいあの子がタオルケットを引き摺りながら気まずそうに立っていた。

「隼人?何で…」
「あのさ。やっぱ、一緒に寝てやっても、いい…」

自分で追い出した手前、罰が悪いんだろう。視線をさ迷わせながらごにょごにょと呟く。幽霊じゃなかったことに拍子抜けしながらも、そんな彼の様子が可愛くてくすりと笑みが漏れた。

「怖くなっちゃった?」
「べっ別にそんな訳じゃ…!なくもない、んだけど」
「怖くて一人で寝れないんでしょ」
「……、うん」

本当、馬鹿だなこの子は。夜眠れなくなるぐらい怖くなるんだったら、見なきゃいいのに。
おいで、と手招きすると、傍に寄ってきてぎゅっと抱きついてきた。

「ねえ、僕といると幽霊が来ちゃうけどいいの?」
「雲雀が守ってくれんだろ」
「…そうだね」

君を幽霊と勘違いして少し怖かったなんて、絶対に内緒だね。
恥ずかしさを隠すようにして、僕は彼の震える瞼にそっと口づけた。



私も夜怖くなるのに怖い話見てしまいます。



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