Jump系夢

□捕えて離さない
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好きです。唐突にそう告白されて私は、「ありがとう」と返す。アマイモンは不機嫌な顔をする。メフィストに変なことでも吹き込まれたか。と問えば、「違います」と怒ったようにアマイモンは言う。ベタな恋愛映画でも観たか。と問うと、「違います」と殺気も含んだ声で返される。ナマエが好きです。ありがとう。繰り返したら背骨が折れるほど押し倒された。いくら再生能力が速いといっても痛いものは痛い。馬乗りになるアマイモンを退けようと振った両腕は、手首を折るほどに掴まれて床に固定された。

「好きです。と言ってるんですよ」
「だから、ありがとうって言ってる」

ボキンと鈍い音を立てて、完治しかけた手首が折れた。自分が欲しい答えが返ってこないからって暴力に訴えるのはどうかと思う。

「好きだから、何?結婚でもしよう?」
「そういうことになります」
「それは人間相手にやれ」

また完治間近の手首が以下略。アマイモンの顔は告白する相手に向けるものではなく、怒りで顔が歪んでいた。メフィストがこれ見たら大爆笑するだろうな。なんてことを考えていたら、「ボクを無視するな」と大人も子供も大泣きレベルの形相のまま骨を粉々にされる。頭に血が昇りすぎなのか、血涙を流さんばかりに目を見開き、噛み千切ってしまいそうな唇からは血が滴っていた。ぽたぽたと私の顔に血が落ちる。そろそろメフィストが帰ってくる。整理整頓された自慢の部屋が汚されては怒り心頭だろう。何より、この状況を見て笑われる。それは面倒だ。

「どうしたら退いてくれるの」
「結婚しましょう」
「なるほど」

やっと自分の言葉を聞いてくれた、と安堵してアマイモンは無表情で言う。解放された手でその頭を撫でると猫のように自らすり寄ってきた。これが地の王だとは。

「…あなたは病める時も健やかなる時も、私を愛し、私を敬い、私を助け、その命の限り、堅く節操を守ることを誓いますか」
「勿論です。誓います。」

真っ直ぐな瞳できっぱり。まるで人間のようだよ、アマイモン。一体何がお前をそうさせたんだろう。やっぱりこっちに居すぎたんだ。メフィストなんかの趣味に付き合う必要はなかった。ほら、当の本人が帰ってきた。「おや、これはまた」と嬉々として。

「兄上。邪魔です」

苛立ちを露わに兄を睨みつけるアマイモンの頭を掌で締め付ける。気付いたアマイモンが、「ナマエ?」と不思議そうに此方を見て直後、糸が切れたように私に倒れこんだ。私の掌にはぼやぼやとした煙玉が収まっている。これで何個目だっけかな。

「また奪ったのですか。貴女も懲りない人だ」
「それはコイツの方だ。何度も何度も…」
「貴女に求婚を…実に面白い」

コイツ殴っていいかな。兄弟揃って手には負えない。無造作にアマイモンを放り投げて立ち上がると、体のあちこちでミシミシと骨が軋んだ。「鈍りましたか?」と全身隈なく見てくるメフィストに顔面パンチを喰らわせて、掌で揺れる煙玉に視線を落とす。『好きです』『結婚しましょう』。アマイモンの記憶も一時の感情も私の手の中にある。何度も見てるだろうに覗き込んでくるメフィストを払い除けて、私はそれを握り潰した。

「それにしても、恐ろしい人だ。愚弟であれど、私の弟。壊れるようなことはしないで頂きたい」
「なら、変な気を起こさないように見張ってればいい」
「私も忙しい身でしてね。いっそのこと結婚してみては?」

それはそれで面白そうだ。と隠す気もなくメフィストは笑う。悪い冗談にも程がある。それに、私も何度も何度もこれをやれるわけじゃない。消すたびにアマイモンの理解不能な感情が蓄積されて、疲労は溜まるばかりだ。まだ脳内に鮮明に記憶されている。大きな溜息を吐けばまたメフィストは笑う。

「2人とも何をしてるんですか」

床に転がっていたアマイモンが目を覚まし、自分を囲む2人に首を傾げた。今回も綺麗に抜けたようだ。余計なものまで消してしまうと悪魔といえど人格やら身体に影響が出てしまう。メフィストから送られた視線を捉えてまた溜息をつく。次はないと思いたい。どんなに接触を拒んでも同じ結末を迎えるなんて。いっそ全て消すべきだろうか。

「アマイモン。もう勘弁してほしい」
「?何がです?」

本当にそのままで居て欲しい。何度目か分からない祈りを捧げながらドアノブを捻る。悪魔が祈るってよっぽどだ。―あ、そうだ。メフィストに鍵を借りようと思って来たんだ。アマイモンに邪魔されて目的を忘れていた。土産で貰った八つ橋という食べ物が美味しかったから、今度は自分で行こうと思って。振り返ってみると、メフィストがアマイモンにピンクが眩しい箱を渡している。人間の女…あれは子供か?やけに露出度が高い。…最近ハマっているというゲーム?「次はこれを試してみろ」と耳打ちをしている。ハッと私に気付いたメフィストが、テヘッ☆と胸糞悪いウィンクと共に笑顔を。もしかして、アマイモンの奇行はコイツが原因なんじゃないだろうか。目を泳がせるメフィストから鍵を受け取って部屋を後にする。今度あのゲーム借りてみよう。



「ほー…人間も中々えげつないな」

『あなたを愛して病まない』と題された、ギャルゲーなるものを私は今プレイしている。いくつか終わり方があるらしく、私が行き着いたのは主人公がヒロインに殺されるという結末だ。メフィスト曰く、「バッドエンドがあるからこそのハッピーエンド!」らしい。ソファに深く座って静かに流れるエンディングを眺めていると、部屋に冷たい風が通った。目を向ければ、すぐ傍にアマイモン。許可なしで入るとは失礼な。

「…何か用?今忙しい」

テレビ画面を指差して告げる。アマイモンの眼が僅かに細められて、気付く。彼の手には赤いバラの花束が握られている。今度は何に感化されたんだ。

「ナマエ」


(ほら、きた)



2013.1.21
 

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