メ イ ン

□それはあまりにも突発的に
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それは突然訪れた。
目の前のまな板には切られたパンチェッタと玉ねぎ。
さらに横には作りかけのトマトソースがコトコトと小さな音を立てている。
いたって普通に夕食を作っていた。
いつも通りの光景だ。
だから、突然訪れたそれに俺は軽く首を傾げたけれど、それでどうにかなるものでもなかった。

あぁ、隼人とキスをしたい!

その衝動は、本当に突然、俺に訪れたのだ。






キッチンから顔を出してリビングを窺うと、煙草を銜えた隼人がソファにどっかり座っていた。
横文字の新聞に目を通しながら、唇で煙草を上下に動かしていた。
可愛いけど危ないな、と思ったけれど、すぐに煙草に火がついていないことに気づく。
同時に、ちょっと嬉しくなった。
火をつけない煙草を銜えてるときの隼人がどういうときか、俺は知ってる。
本人は無意識らしいけど。
隼人も、俺と一緒の気持ちなんだ。

「なんだよ」

こちらを見もしないで声を掛けられた。
確かに、何も言わないで見つめてたらそりゃそう思うよな。
俺は一旦キッチンへと戻ってトマトソースにかけてる火を弱火にすると、そそくさと隼人のところへと向かう。
声を聞いてしまったら、なんだか余計にさっきの衝動を抑え切れなくなってきた。

「隼人、隼人」
「んな何度も呼ぶな」

聞こえてる、と言いながら隼人は新聞を畳んでテーブルに置く。
そのついでとばかりに、テーブルの上にあったジッポに手が伸びた。
隼人の手がジッポを掴んだ瞬間、ジッポごと俺がその手を握っていた。

「おい」

何するんだよ、と言わんばかりに少し睨まれる。
だって、こんなに近づいたらもう抑えられないよ。
煙草1本吸い終わるのも待ってられないのな。
だって、隼人だってそうじゃないの?

「隼人」

空いている手で銜えてる煙草を取り上げた。
今度は批難の声を上げる前に、唇を塞いだ。
チュッと軽く音を立てて、隼人の唇に触れた。
持っていた煙草をテーブルに捨てて、隼人の頬に触れた。
カタン、と小さな音がした。
横目で確認したら、隼人がジッポを放してテーブルに戻した音だった。
その手も解放した俺は、両手で隼人の顔を包んだ。
自然とキスが深くなっていく。

「んー…」

あぁもうすごく気持ちが良い。
少しだけ掠れてる隼人の声も耳に気持ち良い。
いつの間にか隼人の手が俺の背中に回されてるし、とにかくいろいろ気持ち良かった。
だから、つい裾から手を突っ込んじゃったのはしょうがないと思う。

「いてっ!」

この雰囲気をぶち壊すような声をあげたのは、俺。
でもあげさせたのは隼人。
腕を思い切り抓られた。

「なんだこの不埒な手は」
「はは」
「はは、じゃねぇよ。先に飯。大体、火ぃかけっぱなしだろ。音聞こえる」

さすが、隼人の耳。
そうですよね、さすがに火ぃかけっぱはまずいですよね。
俺は仕方なく体を離した。
あーあ。
さっきの衝動は確かに消えたけど、今度は別の衝動が生まれちゃったのな。
しかももっと性質の悪いヤツが。

「飯食ったら良いよな?」
「………」
「じゃ、作ってくるな!」

隼人が素直じゃないのは、もう10年も前からだ。
嫌なことははっきり嫌だと言う。
つまり、嫌だと言わなければそれ肯定の意味。
大体言葉が無くたってあんな顔、本人は気づいてないんだろうけど、あんな風に俺を求めるような顔されたら、俺も張り切っちゃうよ。
うんと美味しいご飯を作って、その後は存分に隼人を可愛がろう。

「急いで作ってまずかったりしたら果たすからな!」

後ろから聞こえてきた声に、了解!と元気よく返してキッチンへと入った。


END
こんな些細な日常がすごくすごく幸せv
2008.10.7

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