メ イ ン

□しゃぼん玉
1ページ/3ページ

「そういや最近、風呂入ってねぇなぁ…」

ソファに掛けて食後の一杯を楽しんでいる最中、隣で獄寺がポツリと呟いた。
恐らく、この発言を聞いたのが俺以外の人間だったら"不衛生"を想像するだろうが、獄寺の言った意味はそうではない。
長い付き合いから分かったが、獄寺のなかでは"風呂=湯船"なのだ。

俺なら『風呂に入る』だけで済ませてしまうけれど、獄寺は違う。
『風呂に入る』
『シャワーを浴びる』
この2つを使い分けているだけ。
基本的に獄寺はシャワーで済ますことが多い。
学生の頃も、ユニットバスだったし。
きっとこれは育ちの違いってやつだから、そこを理解していれば何の問題もない。


コーヒーを啜りながらぼんやりと見ているテレビは、日本のものだ。
というか、俺と一緒に見ているから獄寺がわざわざ日本語の番組にしてくれたんだと思う。
映っていたのは温泉番組。
獄寺がああ呟くのも頷ける。
頷けるが。
ふとした疑問が浮かんだ。


「獄寺、風呂使ってねぇの?」

確かにここはイタリアで、日本人よりかは湯船に入る人の割合は少ないとは思う。
けれどこの家は俺の希望もあって、ばっちり湯船がある家だ。
しかも、たま〜に獄寺の方が早く帰宅してる時はきちんと湯船の準備もされているのに。

「全く使ってない、てわけじゃねぇんだけど。今ふと考えたらあんま入ってねぇな、と思ってさ」
「ふ〜ん」

とりあえず何でもない風に相槌を打ちながら、俺はいろいろ考えていた。
別に湯船に浸かるのが嫌なわけではないのだ。
ただなんとなく、昔からの習慣に流されているだけで。



思えば、一緒に風呂に入った記憶は少ない。
学生の頃よく泊まりに行ったとは言え、俺は部活三昧だったから獄寺の家に行く頃には既に入浴後というのがほとんどだった。
休日だって、俺が飯の用意している最中に入ってることがほとんどだった。
今だってそう。
同棲し始めてからは生活時間が合わなかったり、あとは大概獄寺が仕事を家まで持ち込んでくるから、一緒に入る機会なんてほとんどなかった。


テレビの中では、女性2人が温泉に浸かっている。
月なんて見ながら楽しそうに。

(ん、決めた)

我ながら良いアイデアが浮かんだと思う。
思わずヘラリと表情を崩して、隣の獄寺に不審げに睨まれた。





翌日。
帰り道にスーパーマーケットに寄った俺は、食材の他にもとあるものを購入していた。

「さすがにイタリアじゃあ無理だったか〜」

ビニールから取り出したのは入浴剤。
本当に欲しかったのは、『温泉のもと』だったんだけど、やっぱりそれは日本じゃないと無理だったみたいだ。
ただ不安なのは、正直俺はまだイタリア語がほとんど話せなくて、読み書きも危うい。
これが入浴剤だってことは何とか分かったけれど、どんなものなのかが全く分からないと言うことだ。
それでもせっかく用意をしたのだから、獄寺と一緒に楽しみたい。
俺は入浴剤を片手に風呂場へと向かった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ