小説置場

□星に願いを
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深い闇色の星空。
瞬く星の中に貴方を見付けたい。



星に願いを



「綺麗だよなぁ。ほらあれ蠍座だぜ。分かる?」

「はぁ?どこに蠍がいんだよ?」

「だからあそこの星が尻尾で、こっちの星とあっちの星が挟み。それとあの真っ赤に光ってるのがアンタレスって言って蠍の心臓部分で夏の星の中じゃすっげえ有名なお星様なんだけど知らない?」

「知らねぇな。ンなもん興味ねぇ」

「あー…やっぱし興味ない、ね」


夜も更ける時間。日付が変わらない内にと無理矢理渡って来た小船に連れ出した恋人の会話は知らない、興味無いと強制連行への不機嫌さを未だ醸し出しながらの素っ気ない態度だからロマンチックを望めるものでは無く。
折角恋人の船の船長と料理人に凄い形相で睨まれながら――自分の弟の新たな一面を見た気がした――出て来たのに、これじゃ今日が何の日か気付いてもらおうなんて不可能に近い気がする。


「まぁ良いけどさ」


少し笑って空から海に視線を落とした。
波間に反射して映るいくつもの光は上空から降るもので。それらを束ねた一本の川もバッチリ拝める今日の天気は最高に良好。


「………」

「………」


だけど、これだけ周りは綺麗な夜景なのにお互いの間には重い沈黙がただ流れているのが無性に悲しい。
楽しく盛り上がる筈の真夜中の観賞会はどうやら予想を見事に裏切って失敗したようだ。
仕方なく溜め息を突きながら視線を目の前の人物に移すと眉間に深い皺を刻んだ恋人は縁に片腕を置いて頬杖を突いた形で遠くを見ている。
未だ機嫌の悪そうなその様子に、星座とか結構頑張って覚えたのになぁ〜と内心少しだけへこみながら今日の計画を諦めかけた、ちょうどその時。


「アレとアレは知ってる。彦星と織り姫だろ?」


急に仏頂面で指差される二つの星。


「‥え?」

「ん?」


だけどそれはあまりにも唐突過ぎて阿保な自分は思わず呆けた声で訊き返してしまうと同じように不思議そうな顔を返される。


「なんだ?あんだけ喋ってたくせにあの二つは知らないのかよ?」

「あ、いや…知ってるけど‥」

「けど?」


恋人の訝し気な表情。
今日の目的へと急に相手から近付いて来た気がして緊張から舌がまめらない。


「あー‥えっとさ、じゃあ今日何の日だかは知ってる?」


伺うような期待した目を隠し切れない自分。


「何の日って…」


あ、ダメだ。こりゃ今日が何日かすら知らない表情してるよ。


「今日は7月7日。…七夕なんだけど?」

「あ…!」

「あのさ、自分からふっといてそれは無いでしょ?」

「Σ―っ!!?」


百面相な目の前の可愛い恋人。
不思議そうな顔が段々と驚いた表情を見せると最後にはばつが悪そうに視線をそらせた。
その時々覗く子供っぽい仕草にこっちの心臓がわし掴みにされるのは毎度の事で。突然脈打つ回数の増えた胸は耳に煩い上、体温まで急激に上昇させる。
だけどそんな自分より触れた相手の頬が更に熱いくらいに火照っていて。


「この日って一年に一度の大事な逢瀬の時なんだよね」

「ン‥エース…」


睦事みたいに囁きながらキスを贈る。
重ねる時に閉じられる瞼にも軽く唇をあてた。


「ちなみにわし座のアルタイルが彦星で、こと座のベネブが織り姫なんだよ」

「俺にはワシにもことにも見えないけどな」


止めかけていた蘊蓄(うんちく)をしながら必死で覚えた星座の形を指で辿る。

全くいくつかの星を繋げて何かに見立てた想像力豊かな古代人に拍手を贈りたいもんだ。


「まぁ実際俺にも見えないよ。覚えたの夏の星座の定番だけだし」

「結局星はこじ付けかよ」

「人聞き悪いなぁ〜。ちょっとしたデートのアクセントだって」

「……意味は同じじゃねぇか」

「えー?ニュアンスが違うじゃん」

「どこが」


漫才の掛け合いみたいな会話。それにお互いに自然と笑いが零れた。


「まぁ取り敢えず、ね?」


予想外の展開でたちまち和みかけた雰囲気に便乗してそっと腰に腕を回してみたら…


「単純。俺はしおらしい織り姫じゃねぇよ」


途端容赦無くパシンと音を立てて叩き落とされた手。


「調子に乗んな」

「はい。ごめんなさい」


すぐにギロリと睨んできた相手にまずったかなぁと早急過ぎた行動へちょっぴり反省する。


「でも俺だって彦星じゃないよ。だけどこういうイベント事って恰好の口実だろ?」


だけどそれでもめげずにもう一度腕を伸ばすと引き結ばれた恋人の口元から漏れる重い諦めの溜め息。


「ホントお前ってどうしようもねぇ奴だな。言っちゃ意味ねぇだろ」


直後、困ったような呆れたような笑みを浮かべられる。
それはいつもこういう展開で相手が折れた時に見せる態度で、了承の意味。


「バレてるからもう良いんだよ」


だから即座に腰に回した腕で遠慮無く引き寄せると額を突き合わせた。
間髪入れずに好きで堪らない恋人の唇に再度キスを落とす。


「っぁ‥馬鹿」

「馬鹿で結構ですー」

「いっそ死んどけ」


離した途端憎まれ口を叩く恋人。
その台詞に次はこっちが苦笑いを漏らしてしまう。


「ゾロが望むなら死んでも良いよ」


そうして至近距離で綺麗な翡翠の瞳を見つめながらゆっくりと告げた。

死ぬくらい構わない。
この生業を選んだ時からそんなものとうに受け入れてるから。
コイツが望むならいくらだって捧げてやれる。

だけどどうせ命を落とすなら…


「ただし道連れな。一生一緒にいて」


手離さないようコイツも連れていきたい。
伝説の恋人達のように年に一度しか逢えないような運命なんてそんなもの自分には絶対に受け入れられないから、叶うなら死んでからも一緒にいたいんだ。


「好きだよ。ゾロ…大好き」


ギュッとキツく抱きしめる。
布越しに伝わる体温に改めて堪らない愛おしさを感じた。


「っ‥仕方ねぇな。死ぬのは無理だが一緒にならいてやるよ」

「ん。なら今はそれで満足しとく」


ぎこちなく回る手が嬉しくて満足感に満たされながらポツリと呟く。
緩む頬をどうしようも出来ないまま星空を見上げると今日の主役の男女の星がまばゆく瞬いて存在を主張していた。





-END-
 

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