小説置場

□悩める子羊
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「緑ゴケ」

「クソマリモ」

「筋肉馬鹿」

「阿保」

「クソ野郎」

「死んじまえ」


悪態の限りを付かれる日常。
それはいつもの経緯を考えれば簡単に受け入れられる展開で嫌われても当たり前だ。
なのに…


「好きだ」

「愛してる」

「離したくねぇよ」

「一生側にいるからな」

「ゾロと一つになりてぇ」


一度(ひとたび)夜になると人が変わったように豹変して甘い言葉を吐いてくる。
あまつさえ情事中は耳元で
「綺麗だ」
「可愛い」
等とうっとりした表情で囁くのには首を捻るしか無いもので。


なぁ…
どうしたい?
俺はどうすれば良い?


真逆の態度を取られたらどんなに「愛してる」と言われても、俺にはそれがお前の本当の気持ちかどうか分からない。





》悩める子羊





「今日の夕飯もとても美味しかったわ」


いつもと同じようで同じじゃない夕食の後そう口にしたのはロビンだった。
気を使っているのを悟らせない何気なさを装った台詞にサンジは有り難さを感じる半面そういう風にさせてしまった自分の態度に舌打ちしたい気分になる。
気付かれないようにしたつもりが逆に不自然さを感じさせたようだ。


「ありがとう」


だから謝罪の気持ちを含ませた返事を笑顔で返すと使い終わった皿の片付けに取り掛かる。
男共の手で酷く散らかされた皿の数々を慣れた手つきで腕に積み重ねるとシンクへ向かう。それを二度繰り返した後、もう一度残りの皿を取りに向かうと自然といつでも騒がしい船長の正面の席に視線が移った。


「……」


ぽっかりとそこだけ空いている空間。
普段ならこの時間はまだそこは埋まっている筈の席なのに。
座る筈の人間が今日はいない。
それに古傷が痛む時のような鈍い痛みが胸の奥に走る。


「そろそろ失礼するわね。片付けご苦労様」

「あ、それじゃあアタシも退散するわ」


便乗するようにロビンに続いてナミも立ち上がると、不自然に止まっていたサンジの意識を呼び戻すように
「後は頑張ってね」
とウインクをして肩を叩いてきた。
急なそれに驚きながら女部屋に引き返すナミ達に慌てて視線を向けるサンジだが。
しかし彼の女神達はそれに答えることも無く出ていくのを見て自然と苦笑いが零れた。
彼女達の賢さを含むしたたかさと強さが欲しいものだ。
落ち込むしか脳の無いこっちとしてはどれほど激励されてもどうしようもない。
なぜ奴が食事を取らなかったのか理由なんてさっぱり分からなくて知っているならむしろ教えて欲しいくらいの状況なのだ。
ただハッキリしているのはアイツの機嫌が頗(すこぶ)る悪い事だけで。


「…別にどうだって良いさ」


呟いて乾いた笑みが浮かぶ。
言葉だけならいくらだって吐けるから。
本当はこんなものただの強がりだって事は握り締め過ぎた拳が認めていた。











「ふぁ〜」


もう何度目かも分からない欠伸が出る。
腕を組み替えるゾロは瞼が今にも完全に閉じてしまいそうな睡魔に襲われるが、いかんせん眠れないからと今日の寝不番をチョッパーに代わってもらったもんだから眠る訳にもいかない。
更に怠い身体を少し揺すって眠気を和らげようとするが。


「ん…」


生憎そんなものでは日頃から培われたこの強靭な睡魔は飛んでいくわけも無く辛い状況が続いて。こんな時普段なら良いタイミングで夜食を持ってくる便利なコックがいる筈なのに今夜は来ない。
まぁ原因はこっちにある訳なのだけど何となく物足りなさを感じてしまう自分にゾロは嫌気がさした。


「ねむ」


呟いて小さく溜め息を付く。
唇が寂しいとふと感じてしまう感情に情けなさと気持ち悪さを感じる。すっかり毒されているなと思いながら狭い見張り台の壁に背を預けると目をつぶった。もう後でどやされても気にしない。それよりも今はこの感情を消してしまいたくて睡魔を求めた。
が…


「なーに見張りが寝てんだよ。起きろ馬鹿マリモ」


もうちょっとで爆睡出来るところにポカリと額を叩かれた。


「ぅ‥ん?」


眠い目を擦りながらかなり聞き覚えのある声の主の方を見る。


「んな寝ぼけ顔曝すな。襲っちまうぞコラ」


すると苦笑いを浮かべた相手が肩を竦めながら見張り台の上に立っていた。
手には白い湯気の立つ見るからに美味そうな料理が乗っていて無意識に視線がそっちに釘付けになる。


「相変わらず俺の可愛い魔獣ちゃんは食い物には敏感なのね」


流石、獣だけあるよな〜と感心する男にハッとすると思わず身体が強張った。


「…何の用だ」


威嚇混じりの言葉を投げ掛けながら出来るだけ離れようとあがく。
だけど生憎ここは狭い見張り台の中で。


「キツ。会ってすぐ言う台詞がそれ?」


サンジは難無く間合いに入ってくると盆を真正面に置きながらヘラリとおどけて笑ったら煙草に火を点けた。


「ちぇっ。つれねーの」


そのまま吹かした煙と一緒に出て来たのは拗ねた口調。
だけど見遣るマリンブルーの瞳は穏やかで優しい色合いに見えるのはきっと気のせいなんかじゃないんだろう。


「………」


だから余計に困ってしまう。
どう対処して良いのか分からなくてただ困惑してしまう。
ただただ昼間のコイツとのギャップが余りにも有り過ぎて本当に同じ人間なのか疑ってしまうばかりで。


「出ていけ。コックのテメェは明日も早いんだろーが。仕事が済んだんなら早く寝ろよ」

「嬉しいねぇ。お前からそんな台詞聞けるなんて。いたく優しいお気遣いに感謝すんぜ」


睨み付けるゾロにサンジはムフンと意味不明の言葉を発すると反対に穏やかに笑みを浮かべた。


「夕飯食べてねぇだろ?だからほら夜食持ってきてやったぜ」


床に置かれた盆を顎でしゃくって示す。盆の上には卵とワカメを乗せたうどんがあった。俗に言う月見うどんだ。


「伸びないうちに食えよ」


見つめたまま箸に手を付けないゾロにサンジは促す。


「………」


だけど無言のまま微動だにしないゾロ。
実際はどうすべきか考えあぐねているから動けない訳で。


「あのな、いい加減にしろよ。毒なんて入ってねぇからさっさと食っちまえって。マジで伸びちまうだろ」


しばらく後のサンジの少し苛立った声。
その声音に思わずゾロは弾かれたように顔を上げた。そしてそんな自分にすぐに愕然としてしまう。


「狽、わっ?!ビビった!!!いきなり顔上げんなよ!」

「……」


―――怖い

そう。
ただ『怖い』と感じた。
コイツに“嫌われる”。
それが怖いと。


「オイ?」

「っ」

「…ゾロ?」

「消えろ!!!」


気付いた時には叫んでいた。同時にゾロの張り裂けそうな心臓が悲鳴を上げる。


「なっ」

「その名で呼ぶな!今だけ優しくすんな!!!」

「…は?」


刀に手を掛ける。白刀が月光に穏やかに煌めく。
泣き出したい気分になったのはいつの日以来だろう。


「嫌なんだよ!いつもみたく罵声吐け!罵れよ!!!」

「ゾロ?」

「俺にはこんな気持ちなんていらねぇんだ!」

「狽っ!!?」


ガシャガシャンと音を起てて刀で払われた器が添えて合った湯飲みと共に倒れた。中身のうどんとお茶が一緒くたになって見張り台の床に零れる。
幸い器も湯飲みも割れはしなかったもののこうなってしまえば食べる事は出来なくて。


「テメッ!!!!!」


食べ物を粗末にするのが何より許せないサンジとしては撲殺に値する仕打ちに一瞬カッと頭に血が上りかける。


「っ!」


だけど相手の今にも泣きそうな幼い子供のような顔に戸惑いを感じるとたちまちどうすることも出来なくなった。


「ゾロ?」

「…いらねぇ。こんな感情なんて。お前に‥」

「………」

「お前に嫌われたくないなんて。好きだなんて…こんな感情‥いらねぇ」

「お前」

「だからもう優しくすんな!!!どっちのお前が本物か分かんねぇよ」


ポロリと今まで溜めて来た感情を吐露するように涙が出て来た。
けれどゾロはそれを拭うのも忘れて睨み続ける。
真摯な瞳に見つめられてサンジは一瞬馬鹿に真面目な顔になった。


「ぷっ、あははは!バッカだなぁ」


なのにそんな表情の男は次の瞬間には急に噴き出すと腹を抱えて笑い出して。


「ななな何だよ!!!」

「ほんっと馬鹿」

「ふっ!!!」

「でもすんげぇかっわいい〜」


大喜びで抱き着かれてゾロは固まってしまう。


「マジでヤベェ。また惚れちまいそう」

「剥宸黷チ!!?な、あ、アホか!」


余りの台詞へ恥ずかしさにゾロはツッコミの勢いに任せて頭を殴る。


「天然のお前が悪いんだろ。んな事言うからますます溺れちゃうのに気付かないのかよ?」


けれどサンジはちょっと痛がる様子を見せた後、けろりとした表情でそう舌を出すと
「だから」
と一言前置きしたら…


「キスさせて」


間近で囁くと返事も待たずに唇を舐めてから重ねる。


「いっつもこーして甘い言葉言ったりとかキスしたりしたいの我慢してんのに気付かないのかよ?」

「っ!」

「周りに気付かれたくないからつってベタベタすんの嫌だって言ったのゾロの方だろ?」

「ゔ‥」


離すと同時に痛いとこを突かれたら何も言い返せなくって。


「……ベタベタすんのは性に合わねぇんだよ」


周りもひくだろ、と最後の抵抗よろしく訴えるが。


「先ずは本人同士の問題だろ?俺の愛情の深さを疑うくらい悩むならイチャついとこーぜ」


そう簡単に切り捨てられたら言い返す言葉も無くて。


「あー何だ。そんな理由でモヤってた訳か。成る程ね〜♪」

「……っ…」


厭らしい目付きで伺う相手に痛いとこを突かれたゾロとしては羞恥心でいっぱいになると俯いてしまう。
同時に頬が熱く感じるのは血の気が集中したからだろう。


「…俺の事好き?」

「………」

「なぁゾロ。俺を愛してる?」

「っ…そんな事」


わざわざ聞くなと下からねめつけるように視線で訴えると相手の苦笑混じりの笑顔が返された。


「言葉にしてくんなきゃ態度だけじゃ分かんねぇって」


トンと額を肩に預けられてゾロは驚いてしまう。


「ちゃんと飯ぐらい食えよ。気が気じゃなくなる」

「…ん」


掬い取るように下からまた唇を奪われる。
マリンブルーの瞳は未だに優しい光を燈していた。


「怒らせたかな、とか嫌われたかな、とかぐるぐる頭ん中で嫌な事が色々回ってしんどかった」

「……」

「だから‥心臓に悪ぃしもう二度とすんな」


コックの俺にはメシ拒否はマジでこたえんだよ、といつになく気弱な相手の声音にゾロが一番堪(こた)えながら溜め息を付く。


「もうしねぇよ…こんなしんどいことなんか」


そう言ってお盆に零れていたうどんの麺を一つまみ口に入れる。


「腹減ったな」


途端グルグルと意地汚く訴え出す腹の虫に笑いながら告げれば…


「フルコースでお待ちかねだぜ」


キッチンを顎で釈って示しながら答えるサンジにゾロは目を丸くするがすぐに苦笑いを浮かべる。


「全くお前にはお手上げだな」


もういい加減離れろと頭をこずくとサンジも苦笑しながらまたキスしてきた。


「だってアンタにぞっこんですから。ね、お姫様」

「あんまりしつこいのは嫌われんぞ、アホプリンス」


付き合いきれねーな、なんて笑ったら、見張り役は率先してキッチンに向かおうとする。
それにまた嬉しさを感じながらキッチンの主であるコックも後に続いたのだった。





-END-
 

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