ちみルーク君シリーズ
□第34話(4P)
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『ルーク君、仲間と共に国境を越える』
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マルクトとキムラスカを行き来する旅人専用の宿、そう称するには些か簡素な印象でどちらかといえば軍用施設と称するに相応しい外観のその建物の扉を一行が潜ると、受付の向かい側にある小さなロビーのソファーでヴァンが湯気の立つお茶を飲んでいるのをティアがいち早く見つけた。
「頭が冷えたか?」
「……ええ。」
「ならば話の続きは私が確保した部屋でするとしよう。付いて来なさい。」
妹の顔も見ずに淡々とそう言ったヴァンはカップをテーブルに置いて立ち上がり、宿の一室に一行を招き入れた。
部屋備え付けのソファーを勧められ腰を下ろすまでティアは黙って兄の指示に従っていたが、一息ついたところでこう口を開いた。
「…何故、兄さんは戦争を回避しようとなさっているイオン様の行動を妨害しているの? 六神将がイオン様を連れ出そうともしていたわ! どういう事なのかしら?」
それはタルタロス襲撃にセントビナー包囲という一連の事件で、彼女が抱いている疑念だ。
だが、ヴァンはそんな妹に少し悲しげに溜息をつくと、飽く迄冷静に言葉を返したのだった。
「私は教団から、イオン様がダアトから連れ出され行方不明になられたとしか聞いていない。ルークから話を聞かなかったのか?」
「…」
『お屋敷で道師イオンのお話をヴァン師匠が言ってたんだ! ダアトから居なくなった道師様を探すからダアトに帰らないといけないって!』
ティアの脳裏に、エンゲーブの宿でのルークの言葉が蘇る。
「……ええ、ルークからそう聞いたわ。けれど六神将は兄さ…主席総長の!」
「確かに六神将は私の部下だ。だが、彼らは大詠師派でもある。」
「大詠師派…」
「恐らく私の居ない間に、大詠師モースから直々に命令が下ったのだろう。」
「成る程ね。それならヴァン謡将をダアトに呼び戻そうとしたのも頷ける。」
「ガイ?」
それまで壁に凭れ静観に徹していたガイが難しい顔で頷き、ルークは不安感に駆られる。
「つまりだなルーク。六神将ばかりでなく、謡将殿にもマルクト軍からイオン様を奪還して貰う為に働いて貰おうってことだったかもしれないって事さ。」
「え…じゃあそれが本当なら、イオンの事は師匠には関係無いって事になるよね!?」
ガイの仮設に、ルークの表情が綻ぶ。たが、ティアの瞳は疑念で冷たい光を放ち、表情も堅いままだった。
「ならば、兄さんは全くの無関係だって言うの?」
「いや、そこまでは言わん。六神将の──部下の動きを把握していなかったという点では、確かに私にも非はあろう。」
「……」
まさかあっさりと非を認められるとは思わなかったティアは、そこで押し黙った。
「この場だから敢えて言うがティアよ、私は大詠師派ではない。六神将を統括する身分故にそう取られがちだがな。」
苦笑を浮かべながらそう言った彼の言動は、誠実性に溢れていたものだった。
ならばあの時の兄と教官の「外殻大地が消滅…」と言っていた会話は、一体何だったのだろう?
立ち聞きしていたと告白する事にもなるが、悩んだ末にティアはその事を切り出そうと口を開きかけたのだが。
「それよりもティア、私からもひとつおまえに聞こう。大詠師旗下の諜報部に属するおまえが、何故ここにいる?」
そんなティアの心情を知ってか知らずか、今度は先にヴァンからそう切り出されてしまった。
ティアは聞き出すタイミングを逸してしまい、唇を噛む。
「そんなの決まっているでしょう? 私は超振動に巻き込んでしまったルークを、バチカルのお屋敷にまで連れて行く義務があるのだから。」
「成る程、そう来たか。だが、そんな答えを聞きたい訳ではないのだがな…ティア・グランツ響長。」
一切の誤魔化しは許さん。
兄というより主席総長としての剣呑な視線に、ティアは観念してそっと目を伏せる。
「……モース様の命令であるものを探している最中です。それ以上は言えません。」
「第七譜石か?」
「機密事項です。」
グランツ兄妹の緊迫した応酬に一同が固唾を飲んで見守っていたのだが、ここで聞き馴れない単語を耳にしたルークが話に割り込んで来たのだった。
「だいななふせきって何? そんなに大事な物なの?」
そうルークが訊ねると、皆が何処か呆れたように一斉に振り返る。
「な、何? どうしたのみんな。もしかして俺、変なこと聞いた…?」
「そうですねぇ…変と言えば変ですね。」
ことんと小首を傾げるルークに、ジェイドがそう呟けば
「箱入り過ぎるってのもなぁ…」
やっぱり育て方を間違えたかなと、ガイが苦笑していた。
「第七譜石というのはね、ルーク。」
そんな年長者の態度に業を煮やしたティアが、ルークに説明を始めた。
「始祖ユリアが二千年前に詠んだ預言が記された、特殊な譜石の事よ。世界の未来史が書かれているの。」
「未来の歴史が?」
「はい。ですが二千年という長い時間の預言は、余りにも長大なものでした。預言が記された譜石は時代の区切りを一節とすれば七つ分にも及び、しかも一節が山ひとつ分の譜石となったのです。」
「お、お山ほどの大きさの譜石って…じゃあ、ティアってそんなに大きいのを探してるの?」
ティアの言葉を引き継いだイオンの説明に、ルークは仰天する。
が、ティアはヴァンに機密と言った通りルークの問いかけにも無表情のままだったのだが。
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