ちみルーク君シリーズ
□第25話(3P)
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『ルーク君、神託の盾騎士団の脅威に曝される』
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艦内に規則正しく、けたたましく発せられる警告音が不安を掻き立てる。
その聞き馴れない音に怯えるルークを咄嗟にティアが抱き締め、ミュウも泣きそうな顔でルークの足に縋りついている。
だが道師守護役のアニスは冷徹かつ瞬時に、自分の背中にイオンを庇うようにしていた。
イオンは緊張感から先程の少年の顔から道師としての凛とした大人びた顔に戻っていたが、両手に握り締める音叉の杖は小刻みに震えているのをティアは見逃さなかった。
(…無理も、ないわね…)
ティアやアニスは神託の盾騎士団で相応の訓練を積んだの軍人だ。如何なる事態の下であっても予測し冷静に対処出来るよう、予め厳しく訓練されている。
だが、二人は違う。
イオンは教団の最高位に位置する道師様で、ルークは公爵家に生まれた王族。
特に屋敷からの外の世界に出て間もないルークが怯えるのは、当然の反応だろう。
ティアは眉をひそめた。
「ねえ…ティア…、何が起きてるの…?」
「私にも分からない。でも何らかの緊急事態があったのは確かだわ。だけど心配しないで、私があなたを守るから。」
「う…うん、ありがとティア…」
ティアは優しくルークを宥めつつも、焦った様子も無く冷静に杖を握る。
一方で、もうひとりの軍人であるジェイドの行動は、ティア以上に冷静で迅速だった。
「ブリッジ! 現状を直ちに報告せよ。」
ジェイドが堅い声で、壁に備え付けられた小さな箱のようなものを取り出してそこに向かって話し掛ける。
『こちらブリッジ。前方20キロ地点上空より、メインレーダーが大量の生体反応を捕捉。かなりのスピードで此方に真っ直ぐ向かっている模様です。』
ジェイドのやり取りに何で壁から声が!? と驚くルークに、ティアがあれは伝声器という音機関よと補足していた。
同じ音機関を持つ離れた相手と話をするという機能に、ガイが聞いたら喜びそうだなとルークは漠然と思っていた。
「生体反応の正体は何か?」
『は…只今の分析の結果、生体反応は大量のグリフィンである事が判明。あと10分で接触します!』
「グリフィン…!?」
グリフィンという言葉に、ジェイドとティア、そしてイオンの顔色が変わる。
巨大な猛禽類の姿をした鳥の魔物・グリフィンをよく知らないルークはきょとんとしていたが、軍人の固く引き締まった表情に状況が良くない事を悟って、俯いてしまった。
「振り切れるか?」
『いえ……残念ながら不可能と判断します。師団長、迎撃の許可を!』
「艦長は君だ。艦の事は一任する。」
『了解しました!』
艦長と呼ばれた男性の声がぶつんと消えると、ジェイドは伝声機を再び壁に掛ける。
すると今度はタルタロスの艦内に先程の男性の声が響き渡った。
『総員に告ぐ。前方より急接近するグリフィンの大群を敵と認定し、これを迎撃する! 総員は直ちに第一級戦闘配備に付け! 繰り返す、総員は直ちに第一級戦闘配備に付け──…』
すると、ルーク達のいる船室の廊下から慄然とした大量の足音がばたばたと右往左往し、ものの5分も経たない内に足音は全くしなくなった。
そして警報もここで鳴り止み、ルーク達のいる船室だけが不気味なくらいの静けさの中に残される。
「ジェイド、グリフィンとなると…」
イオンに無言で頷くジェイドの表情は硬い。
「イオン様、コレってやっぱり大詠師派の妨害でしょうか。しつこいですよね〜」
「そうでなければ良いと願いたいのですが…」
話し掛けてくるアニスに、イオンは緑の睫を伏せる。
瞼の裏には、今にも泣きそうな顔をした淡い桃色の髪をした黒衣の少女の姿が浮かぶ。
……彼の知る限り、単独行動を好むグリフィンを人為的に集団で操れるのは彼女しかいないのだから。
そんなイオンの心境を察知してかジェイドは踵を返して、船室のドアノブに手を掛けた。
「私はブリッジに向かいます。皆さんはこのまま船室で待機していて下さい。アニスにティア、二人を宜しくお願いします。」
「はい、イオン様の護衛はまっかせて下さい!」
勢い良く敬礼するアニスをジェイドは一瞥すると、ドアから出ようと手を伸ばす。
どごおぉ…ん!!
「うわあああっ!」
「くっ…!」
「きゃああっ!」
轟音と共にタルタロスに鈍い振動が伝わり、進行が完全に停止する。
不安に駆られたルークが船室の丸窓を見やると、白やら灰色やら様々な色の煙で何も見えなくなっていた。
「か…火事!?」
そんなルークの叫びは、だが次にやってきた衝撃でかき消されてしまう。
先程とは明らかに違う鼓膜を裂くような轟音と強い振動が激しく船体を、ルーク達を揺さぶる。
ルークは壁に手を付けて衝撃をやり過ごす暇もないまま床に叩きつけられ、その痛みに呻いた。
「つ…!」
「ルーク、大丈夫!?」
揺れが幾分薄れたところでティアが助け起こしてくれたが、そんな彼女の顔に不安の色が初めて浮かぶ。
船室を柔らかく照らしている譜石の明かりも、不規則に点滅を繰り返すばかりだ。
「どうした!?」
再び壁の伝声機を乱雑に取り出して、ジェイドが怒鳴るように話し掛ける。
彼の表情は、さっきよりずっと硬い。
返ってきた声も、焦燥感から早口で上ずっていた。
『べ、別動隊が後方より現れて…艦内に入り込まれ、現在機関部が攻撃を…! こ…これ以上…持ちま…わあああ!!』
何がが派手に破裂した音と、思わず耳を覆いたくなる悲鳴。
これが伝声機から聞こえた最後の音だった。
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