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短編よりも短い文達


シリーズ化しているものもあり


殆ど日雛です
けれどたまに藍雛 ギン雛
吉良雛あり
◆桃ちゃんの日 


*原作五番隊


ここ数年3月3日は勤務日だ。桃の節句だからと言っても単なる平日、祝日でもないからあたしは朝から仕事。5月5日は休みなのに何故雛祭りは休みじゃないんだろう?今ひとつ釈然としないまま、毎年朝から晩まで仕事漬けだ。そう今日も変わらず。

「うう……灯りを…つけましょ……うっ、ううう……ぼんぼりに……ひっく、」
「泣きながら仕事すんなや辛気臭い」
「ううう…20年ぶりに3日が非番だったのに……うぇ、平子隊長のせいで……うう…」
「悪かったって…あとで菱餅買うたるさかいに」
「そんなもんいるかぁ!」

ついに堪忍袋の尾が切れてあたしは吠えてしまった。20年ぶりに得た3月3日の非番はただのお休みの日ではないのだ。幼馴染みの彼が彼氏となって初めて2人で過ごす雛祭りなのだ。あいにく今日はお仕事な日番谷君の部屋へお邪魔して、彼の帰りを手料理で迎える予定だったのに、甘々な雛祭りを過ごす予定だったのに、それを!この上司が!仕事を溜め込んでたせいで!休み返上になってしまったぁぁ!!!

「うがあああ!」
「落ち着け桃!」

うっ、せっかく日番谷君が雛祭りはいっしょに過ごそうって誘ってくれたのに。手料理どころか彼よりも遅くなりそうだなんて……。

「うう、ありえない…」
「ったく、ちょっとイチャつかれへんくらいでメソメソして…」
「イチャ…、そそそそんなんじゃ、」
「なんや?違うんか?」
「ちが、」

違わなくはないけども!言い方がなんかやだ!
あけすけな言葉に慌てるあたしに構わず、平子隊長は机の上に追加の書類を重い音と共に置いた。仕事の山が更に高さを増す。

「ひぇ!?」
「悪いな桃、あとこれだけで終わりや。頑張ってくれ」
「わーん!」


とうとう涙腺崩壊したあたしにおかっぱ上司が意地悪く笑った。
あんたあたし達の邪魔をしたいだけじゃないですか!?


*邪魔したいだけの平子さん。

2021/03/04(Thu) 00:03 

◆兎か狼か 



つきあって初めてのVDは手作りチョコと供に暖かそうなマフラーを貰った。
仕事終わりに待ち合わせをし、食事できる場所を捜しながら二人で街をぶらぶら。平日のデートはほんの数時間しかなくて俺は内心じりじりしてる。不思議の国のアリスに出てくる白うさぎみたいに時間を気にして苛立っているが隣のアリスは夜散歩が楽しそう。


年末の聖なる夜はなんとか俺の部屋で過ごせたけれど年明けからこっちは何だか忙しくて思うように会えてない。前回桃の肌に触れたのはいつだった?もう久しく感じてないように思える。けっこう、いやかなり切羽詰まった桃欠乏症なのに彼女は幸せそうに期間限定だとか言うアイスを食う。

「真冬に食べるアイスもまた格別だね」
「………そーかよ」


ピンクの舌でクリームをペロリ。それを横目で見ながら俺もくそ甘いブツを舐めた。人の気も知らないで、ったく。

「ほら」
「ん?」
「レモン味も舐めてみるか?」

さも味見をしてみろと親切心を装って、持っていたアイスを桃の口元に差し出してやる。このまま食べさせてやるから舐めてみろ、と。

「え、わ、なんか恥ずかしいな、」

言いつつも桃は横髪を耳にかけ嬉しそうに口をあーん、ときたところで俺の悪戯心が頭を上げた。差し出したアイスを直前でずらし、冷たいクリームを柔らかそうな頬にちょんとつけてやった。

「ふわあ!」
「はははは」
「や、も、もう、日番谷君!」

口の横に白いクリームをちょんと付け、もひとつ鼻の頭にも。騙し打ちを喰らった桃は当然ながら驚いて、異世界に迷いこんだアリスみたいに目を白黒。

「う〜、ハ、ハンカチ…」
「舐めてやるよ」
「わ、んん、」

鞄を探ろうとする桃の肩を抱いて素早く顔を寄せた。頬についたクリームを俺は舌で掬い取り、そのまま鼻の頭のもぺろりとやった。流れるままに彼女の口元へと這い降りて、とびきり甘い御目当てに、吸い付くようなキスをした。

「ん、もう、」
「……もっとしたい。早く帰るぞ」

吐息のかかる距離で睨んだら、鈍感アリスの顔が染まった。やっと分かったか、と肩を抱いたまま自宅へ連行。
白うさぎはせっかちなんだ、これ以上焦らされちゃ死んじまう。


*基本ひつは余裕が無い

2021/03/02(Tue) 23:58 

◆キュン死します? 



*同期日雛


デートしないか?と隣から声がして、あたしはゆっくりとPCから目を離した。月末締め日は忙しい。オフィスに数台しかないパソコンは取り合いだ。必死にキーボードを叩いていたが、突如降ってきた場違いなワードに手が止まってしまった。

「……なんか言った?」
「………デートしようと言ったんだ」

にこりともせず、いや寧ろ怒ってるような顔で言われても。
PCで仕事をしていたらいつの間にか同期の日番谷君が隣に来ていた。毎日顔は合わすけど入社してこの方時候の挨拶しかしたことがない。つまり全然親しくない。一体全体どういう風の吹き回し?

「デート?あたしと日番谷君が?」
「ああ、なんか美味いもんでも食いに行こうぜ」

一応聞き間違いじゃないことを確認したら聞き間違いじゃなかった。誘う相手もあたしであっているらしい。けど女の子を誘ってるとは思えぬほどの不機嫌面から察するに彼の言うデートの中身は甘いものではなさそうだ。え、これもしかして御説教されるんですか?アフターで呼び出されてダメ出しされるとか?新手の恐喝とか?あたし日番谷君になんかした?返事をするまでの数秒間、あたしは高速で思考を巡らせた。気をつけるのよ桃、警戒を解いちゃダメ。いくらイケメンエリートコースの同期でもホイホイついていっちゃ泣きを見るわ。絶っっっっ対裏がある!!!

「う、うーん、あたし今日はちょっと予定があって」
「お前の空いてる日に合わせる。いつ空いてる?」
「残念だけど今月末でお金無いんだよね」
「奢ってやるよ」
「わ、わーい」

わーい♪じゃないのよあたしぃ!一旦冷静になろう。彼があたしを誘う理由を尋ねるのよ。そうよ、大して親しくもない間柄なんだから根拠を知るのは基本でしょ。日番谷君の瞳が瞬きもせずにこちらを…………………あたしってそんなに珍しい動物ですか?見過ぎなんですが。

「空いてる日が分かったら連絡して。LINEで」
「ちょちょちょ、その前に日番谷君!なんで急に誘ってくれたの?!」

スーツのポケットからスマートにスマホを取り出した彼に慌てて待ったをかける。ほいほい迂闊に連絡交換なんかしたら面倒なことになりそうだ。

「…………なんで…って……お前と話してみたいと思ったからだよ」
「日番谷君……」


不機嫌面が拗ね面に。急に少年みたいな表情を見せられてあたしは一瞬息を飲んだ。

はっ!何キュンときてんのよ!!!!惑わされちゃだめー!!



*社会人パロはやっぱり面白い

2021/02/21(Sun) 22:20 

◆遊郭日雛 



部屋のあちこちに欲望の残滓が残る。表面上は綺麗に整えられたその真ん中に、ぽつんと座る彼女はまるで踏み躙られた花のようだった。

「日番谷様、こんばんは飛梅と申します」

つ、と両手をついて頭を下げた彼女の頸には白い粉が塗りたくられ昼間の面影は何一つない。
赤く派手な着物を緩く纏い、肌を見せる。
童顔に紅を差す。
首筋にかかる乱れた髪は、前の客の名残りそのもの。
飛梅と名乗った少女の変わりように冬獅郎は唇を噛んだ。会いたかった彼女はこんな女ではない。もっと屈託なく笑い、健康そのもので、そう、まるで太陽の下で咲く花のように生気溢れていた。

「……俺を覚えているか?」
「…………はい、冬獅郎様」

飛梅がこくんと躊躇いがちに頷くと冬獅郎は大きく息を吐き出した。覚えていてくれた、と安堵の息を次いでもうひとつ。冬獅郎のその様子がおかしかったのか飛梅が僅かに相好を崩し、笑顔を見せる。卑しさの充満した部屋に一瞬光が差す。それは確かに昼間見たあの少女の顔で冬獅郎は居ても立っても居られなくなった。

「俺は日番谷冬獅郎だ、お前の名前が知りたい」
「飛梅「親から貰った名は?」

飛梅の顔が強張った。
彼女の素性に踏みこみたい。ただの客で終わりたくない。
口を噤んだ飛梅に冬獅郎は尚も迫った。


「……それは…勘弁してくださいまし」
「教えてくれ。本当の名は何という?」




*遊郭パロの続きをぽちぽちと

2021/02/16(Tue) 03:09 

◆濃厚(いたしてるのでご注意を) 



モスグリーンの包みが雑に開けられ中身がテーブルの上に散らばった。俺はその1つを摘んで口に入れると眼下の恋人へと口移しに運んでやる。

「んっ、」
「美味いか?」
「水がいい……」

どうやら喉が渇く甘さみたいだ。けどお前が作ったんだぜこれ。俺は水がほしいという彼女の希望を無視して二個目を投入。ついでに深い深い、当分離れないキスをした。二人の口内で茶色い液が撹拌されるのを想像しながら俺は桃の体に溺れていく。苦しげな声はやはり無視。こんな日に俺を怒らせるお前が悪いんだ。
きっと桃は俺が何故怒るのか解っていない。なぜなら彼女にとってはいつもと変わらぬ恒例行事なのだから。
女性死神協会によるチョコの配布はもはや定番行事だ。明らか義理だと判る代物だが平隊員にとっちゃ歓喜もの。ま、そりゃそうか、普段雲の上の存在である女副隊長達が手ずからチョコを渡してくれるんだもんな。しかも五番隊副隊長のは手作りときた。女性死神人気ランキング上位者からの手作りチョコはさぞかし美味いだろうよ。けどなぁ、

「お前は俺のもんだろが!」
「はう!」
「なんだって他の男に!嬉しそうに!配ってんだよ!」
「やっ、だってそれは、協会からで」
「だったらもっと無愛想にしろよ!つうか断れよ!」
「ひゃん!」

立て続けに突き上げると兎みたいに桃の体が跳ねた。しなやかな動きにゾクゾクする。
どうせつまらないヤキモチだよ。心の狭い彼氏だよ。でも毎年毎年にこやかにチョコを配る彼女に苦い思いを抱いていた身としては今年こそは見なくて済む光景だと思ってたんだ。

「喉…渇いた……」
「待ってろ」

3個目のチョコを食う。直ぐ様溶け出すそれを速やかに桃の口へと運ぶと嫌そうな顰めっ面。

「水がいい」
「俺の濃厚な気持ちを飲みこんだらな」
「意地悪、やきもち焼き……でも好き、シロちゃんが世界で一番好きだよ」

カカオを纏った舌が誘う。
細い指が胸から首へと這い上る。
俺は更に深みへと沈んでしまう。

くそ、キュンとしちまったじゃねぇか

2021/02/14(Sun) 21:55 

◆顔も覚えなくていい 



*娼婦と客な日雛



あたしを優しいと男は言った。

「あんたみたいに優しい女初めてだよ。うん、また連絡する」

男はそれを言えばあたしが喜ぶと思ったんだろうか。心身共に満たされた男は甘えるようにあたしの胸に顔を埋め寝息をたてだした。あたしは男の頭を髪を鋤くように撫で続ける。ちらりとベッド脇の時計を見ると日付が変わる直前だった。今日は早く帰れそうだと計算する。
もう暫くこの体勢のままでいれば男は完全に寝落ちるだろう。戴くものは戴いたしこれ以上この場所にも男にも用はない。

「っしょ、」
「う………ん……」

胸の上にある頭をそっと退けて体をずらせば男が呻いた。もしかして起きる?そっと顔を覗きこめば彼の瞼は硬く閉じたままだった。顔にかかる銀髪を避ければ意外に子供っぽい寝顔が見えた。あたしはこの時初めて今夜の客の顔をよく見た気がする。目立つ銀色の髪に整った顔立ち、とても女には不自由しなさそうなのに何故あたしを買ったんだろう?髪を撫でただけで優しいと決めつけて女をいい気分にさせたつもりの男だからきっと自分本位な人間なのかもしれない。だったら恋人がいたとしても長続きはしないだろう。
ま、どうでもいいんだけど。
あたしは男の眠りが深いことを確認してベッドからすり抜けた。簡単にシャワーを浴びて手早く身仕度を整える。最後に忘れ物のチェックをして部屋を出た。「さようなら」も「またね」もない。ましてや2度目の連絡なんてとんでもない。

ただの欲求不満の解消は使い捨てで十分なのよ、お互いに。



*でもこの三日後くらいに偶然の再会をする日雛

2021/02/13(Sat) 01:07 

◆今日も君にありがとう 


人間社会で生活するには規則が必要だ。学校・職場・地域等のコミュニティに属してる限り何らかのルールがないと秩序が保てない。よく分かる、分かるよ。

「え………シロちゃん、なの?」
「俺じゃなかったらなんなんだよ」
「……だってその髪………どうしたの?」
「うるさいから染めた」
「染めたって………」

それきり絶句した桃を置いて俺は自分の席に着いた。
入学当初から髪色について何度も校則違反だと注意された。その都度これは生まれつきで遺伝だと訴えてきたけれど教師達にその情報が浸透するまでかなりの時を費やした。職員室での報連相はどうなってんだ?
それでもやっとこさ登校時に正門で注意されなくなったと思ったら今度は上級生に目をつけられる。廊下を歩いてるだけで睨まれるし陰口をたたかれる。俺は普通にしているだけなのに生意気だとか態度が悪いとか、果ては恐い大人と付き合いがあると噂される始末。髪と目の色だけで何でそんなにも言われなくちゃいけないんだと辟易した俺は昨日、衝動的に、髪を染めた。真っ黒の黒に染まってやった。これで文句はないだろと嫌みったらしく世間に見せつけてやろうと思ったんだ。でも桃はじわりと目を潤ませて。

「……………世間の目に屈服したんだね」
「屈服て、大袈裟かよ」
「だってそうじゃない!銀髪はシロちゃんの元々の髪なのに染めるなんて、」
「お前に俺の苦労が分かるのか?周りから浮いたことの無いやつが偉そうに言うな!」
「…………、」

ささくれ立った気持ちをぶつけるように怒鳴り付けると桃はぐっと押し黙った。暫しの沈黙が棘となって心に刺さる。
桃は正門で止められる度、俺の横で教師に説明してくれた。俺は言葉が足りず、愛想も無い人間だけれど桃が隣にいれば色んな摩擦が緩和された。でもいつまでもそれじゃダメなんだ。俺だけが救われてばかりじゃ嫌なんだ。
気まずい空気を吸い込んで桃から顔を逸らす。完全なる八つ当たりだ。傍らに立つ桃の手だけが視界の端に映り、力なく垂れた小さな手が突如硬い拳に変わった。

「………シロちゃんの苦労なんか分かんないよ………分かんないけど…………………あたしは銀髪のシロちゃんが大好きなの!!!偉そうで悪かったわね!!!」

あまりの大音量に、しん、と教室が静まり返る。俺も驚きで声が出ない。けれどそれも束の間、スピーカーから予鈴が鳴ると再び教室は動きだし、ざわめきに紛れてどこからか口笛を鳴らす音が聞こえた。目の前の桃は赤い顔をし、走ってもいないのに肩で息をして、なんだか興奮気味の仔犬みたいだ。もう間もなく授業が始まる。

「早く座れ馬鹿」
「………シロちゃん顔赤いよ」

お前に言われたくねぇよこの爆弾女め



*日→←雛な感じ

推しが!髪を!染めました!

2021/02/08(Mon) 23:53 

◆時代ものにハマってたり 




*身分差パロ


あんな薄汚れた女など、と親父は吐き捨てた。この日番谷の家に鼠を住まわせるなど許さんと俺の言葉に耳も貸さない。

「桃は父さんが思うような女じゃない!確かに裕福な家じゃないけど嘘の無い心優しい人なんだ」
「ふん、馬鹿が簡単に騙されおって。いいか、あの手合いの女にとっちゃお前みたいな甘ちゃんを騙すのなんか造作もないんだ。お前から金を巻き上げるだけ巻き上げりゃ直ぐに姿を消しちまうさ」

親父は葉巻の煙を吐息に混ぜると苛立ちのままに揉み消した。あまりの言われように俺は拳を握らずにいられない。
いったいどの口が桃を薄汚れた女呼ばわりするんだ?その言葉、そっくりそのままお前に返してやる。親父がやってきたことといえば他人を蹴落とす為には手段を選ばず、助けを求める手は撥ねつける。母さんが泣いてても知らん顔をし、俺のことは存在さえ疎んじた。そんなあんたが人をどうこう言えるのか?


─冬獅郎様はお優しいですね─


いつかの桃の声が木霊する。俺をそんな風に言って微笑んでくれたのは彼女だけだ。親父同様、人の心を忘れかけた俺に温かいものを吹きこんでくれた救いの女神。
俺は俺である為に彼女の手を一生離さないと決めたんだ。

「父さん、父さんは可哀想な人だ。人をそんな風にしか見られないなんて不幸だ。誰も父さんに教えてあげられないみたいだから俺が言うよ、父さんの人生は貧しくて不幸だ」
「なにぃ?待て冬獅」

怒りを含んだ声が追いかけてきたが俺は無視して背を向けた。もう何を言ったって無駄だと分かった。この豪奢なだけの家に未練はない。家を出る俺の足は真っ直ぐに彼女の元へ。
驚く顔の桃が浮かぶ。家を捨てたと言ったら優しい彼女は泣くだろう。責任を感じて己を責めるだろう。
でも、それほどまでに求めているのだと分かってくれ。


*逆身分差もいいかも〜

2021/02/04(Thu) 22:45 

◆こんなお話書きたいです。 


*時代パロ


桃の母親は泣いて父に懇願した。あなたは娘が可愛くないのか、それほどまでに店が大事か、蛮族に渡すくらいなら今ここで心中した方がましだ、この人でなし、と自分の夫に向かってありとあらゆる罵りの言葉をぶつけた。結い上げた髪を振り乱し、怒りと悲しみに濡れた母は普段の面影もない。

「いいのですお母様。何も死ぬわけでもなし、それで雛森の家が助かるのなら桃は喜んで嫁ぎます」
「ああ…桃……行ってはだめ、行けばお前は殺されてしまうわ」
「それで皆が助かるのなら桃は幸せです」

慰めの笑顔を見せると母の顔がみるみる歪んだ。
桃の言葉にわっと泣き崩れた母は尚も何かを喚いていたがよく聞き取れなかった。
元来御嬢様育ちで穏やかな母がこれ程までに取り乱すのも仕方がない。父親の事業の失敗、大きな負債を抱えた所に追い討ちを掛けるように現場で大事故が起こり全財産を売り払っても足りない借金に皆が憔悴しきっていた。銀行も取引先も掌を返したように去っていき、友人知人も充てにならない、そんな窮地に手を差し伸べてくれたのは、

「準備はできましたか?」
「……日番谷様……」

音もなく戸が開いて長身の異人が現れた。思わず身を硬くして返事をした桃に今の今まで泣き崩れていた母が跳ねるように飛び出し娘を庇う。

「待ってください、娘はまだ準備が、」
「準備などいりませんよ、こちらは身ひとつで来ていただいて結構です」
「ふざけない「お母様、いいのです」

もはや一家心中かという窮地に立たされた時、唯一手を差し伸べてくれたのは髪も目も肌の色も桃達とは違う異国の人間だった。突然現れた彼は父とは1、2度しか面識がなく、仕事の取引も皆無だったにも関わらず抱える借金全てを肩代わりしてくれた。それどころか先行き苦しい現在の事業を見切り、新たな指針を提案、投資を持ちかけてくれた。ただしその見返りは娘との婚姻。
あからさまな借金の肩だけれど本来の雛森の負債は桃一人では収まらないはずだ。相手方にとっては御荷物そのものの婚姻なのになぜ?
きっと裏があるのだろう。桃にはそれが何なのか分からないが父と母を守るために非力な自分が役にたつならなんだってやってやる。

「お待たせしました」
「では参りましょう」

白くて長い異人の手が桃に伸びる。その手に手を重ねながら桃はその時初めてまともに相手の顔を見た。夫となる男の顔を。

なんて瑞々しい緑………

とても柔らかな新緑に目を奪われた。



*ご無沙汰しております。も少し低浮上です

2021/01/26(Tue) 19:57 

◆彼は計画通りに動いているだけ 



*現パロ日雛


高層ビルが流れる車窓はいつの間にか長閑な田園風景に変わっていた。うっすらと薄化粧を施した生まれ故郷は遠い記憶のものと同じで、ああ帰って来たんだ、と我知らず桃の肩から力が抜けた。



抜けた、いつもならば!
桃は電車の窓から視線を外し、隣をちらり。頑固親父が気難しい顔で腕組みをしている。正確には桃の恋人だけども。

「ねぇ、本当にうちに来るの?」
「あ?ここまで来て帰るわけねぇだろ」

声をかけられるまでじっと目を瞑っていた冬獅郎がぎろりと目を剥く。まるで因縁の相手との決戦に赴く武将のようだ。とても恋人の実家へ行くとは思えない。桃は冬獅郎に隠れて溜息をついた。
毎年仕事納めをして年末年始は帰省する桃だけど今年は何故か冬獅郎も付いていくと言い出した。いっしょに暮らしてはいるけれど今まで一度も互いの実家には行ったことがないのにどういう心境の変化だろう。
まさか「娘さんを僕に〜〜」なんて言わないよね?
少し頬が熱くなる。でも結婚宣言とまではいかなくても恋人を親に会わせる時点でそれに近いものはあるだろう。少なくとも桃の両親はそう受けとるに違いない。何せ桃は恋人を親に紹介するのは初めてなのだ。年頃の娘がわざわざ彼氏を連れて帰省してきたとなれば真面目な父親は将来を約束しあった仲だと思うだろう。そうでなければ許さないと思う。桃は頑固親父とプレ頑固親父の対面を想像してうすら寒くなった。
冬獅郎のことは大好きだけれどまだ将来は未定だ。今はこのままでもいいと思っているから今回のこの強引な訪問には少し戸惑ってしまう。
そんな桃の心を読んだのか、

「…気休めだけど………保険は多い方がいいからな」
「へ?」
「親に覚えられときゃ何かと別れづらいだろ?」
「わ……、」

冬獅郎は言った後、腕を組んで怒ったように前を向いた。
別れづらいってなんなんだ。桃はぽかんと口を開けたきり声が出ない。色んな思いが頭の中で交差する。冬獅郎はそんなこと思ってたのか。自分は冬獅郎にそう思わせる何かを仕出かしただろうか。最近冷たい態度をとってたかな?ううん、普段通りだと思う。それかどこかでそんな記事を見たとか?

「…………あたし日番谷君と別れたいと思ったことないよ?」
「たりめーだ」
「じゃあなんで急にそんなこと言うのよ?」
「保険ていっただろ。それと俺の決意表明だな」
「決意表明?」
「俺はお嬢さんと人生を共にする覚悟があります!ってな」
「はぁ……」

ぐっと顔を寄せてきた冬獅郎だが直ぐには飲み込めなくて桃はぼんやりと返事した。が、次の瞬間顔から火が出てしまった。

「や、やややっぱりそれ言っちゃうの!?」
「なんだ流石の鈍感でも感ずいてたんだ?」
「わかるわ!」

今すぐ引き返したい。恥ずか死ねる。心の準備が出来てない。電車の中であわあわと立ったり座ったりを繰り返す桃に冬獅郎は一言。


「覚悟を決めろ。お前の人生は俺がもらった」


*コメありがとうございます!!お返事はのちほど💦

2021/01/13(Wed) 23:43 

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