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短編よりも短い文達


シリーズ化しているものもあり


殆ど日雛です
けれどたまに藍雛 ギン雛
吉良雛あり
◆ラストボイス 




『それでは次のお便りは……』


スマホから聞こえる低音ボイスにあたしはうっとりと目を閉じた。休日前夜はお気に入りのラジオを聞いて眠りにつく、週に一度の憩いの夜だ。

「おい桃、もう寝るぞ」
「うん、これ聞いてから」
「まだまだ終わんねぇだろが。彼氏とラジオ、どっちが大事なんだよ?」
「彼氏」
「じゃあさっさと来い」
「やだ」

ベットに寝そべる日番谷君が「来い来い」とシーツをボフボフ叩いてあたしを呼ぶけどあたしは犬猫じゃないんだからそんなコマンドでは動きません。ふん、どうせ単なる抱き枕なんでしょ。

「もーも」
「もう少しだから」
「あとどれくらい?」
「2時間」
「まだまだじゃねーか!」
「きゃん!」

流石に2時間は長いか。御立腹な彼氏様はあたしを姫抱っこすると強制的にベットへ連行。無駄に大きいキングサイズのベットが2人分の体重に大きく跳ねた。ちょっと待って、あたしの週一回の楽しみ、惣右介ラジオが!
けれど日番谷は問題無用で乗っかって。

「あー!スマホが!」
「何言ってやがる、俺の目の前で他の男の声を聞きながら寝る気か!」
「なによヤキモチ?!」
「妬くだろ普通!」
「…………」
「…………」


あ、そうなんだ、日番谷君も妬いたりしてくれるんだ。
ベットの上に2人重なってにらめっこ。あたしは彼の口から出た意外な言葉に二の句が継げない。
妬く?日番谷君が?
えええそうなんだそうなんだ。いつもクールにキメてるから日番谷君は嫉妬とは無縁の人なのかと思ってた。もしかして普段文句が多いのは嫉妬ゆえ?

「日番谷君もヤキモチ焼くんだ…」
「今頃気づいたのか?俺は人一倍嫉妬深いぞ」

日番谷君の目が怖くなって距離が縮まる。鼻先が当たるほど近くで睨まれて、あたしは愛おしさが溢れ出す。なんだ、ちゃんと妬いてくれてるんだね。好きも愛してるも滅多にないからてっきりその程度の女なのかと思ってたよ。あたしは嬉しくなって彼の首に手を回し、今夜のパーソナリティにお願いを。



あなたの声で眠らせて


*糖分多めの日雛

2021/05/25(Tue) 15:06 

◆カラ鉄パロ 




薄っぺらい床を踏む音と共にシャンシャンと金属円板の音が近づいてくる。微かな鼻歌と軽いステップ=サボり上司の気配を感じ、あたしは伝票から顔を上げた。

「は〜疲れた」
「どこ行ってたんですか?店番サボらないでくださいよ」
「あほ、ちゃんと仕事しとったわ!」
「どうせ勝手にお客の所へ押しかけてタンバリン叩いてたんでしょ」
「俺はな、ぎこちないカップルの為に盛り上げてやっとったんや」
「そういうのお邪魔虫って言うんです。タンバリンも大切な備品なんで丁寧に扱ってくださいね」
「桃………お前もう少し可愛げがないと彼氏できひんで?」
「余計なお世話です。それよりもさっきから新しいバイトの方が面接をお待ちですよ」


職員の休憩室でもある小部屋を指すと平子店長は首を伸ばし、それに呼応するようにバイト希望君が立ち上がった。


「日番谷冬獅郎だ。よろしく」
「え…ちっさ……、うち中学生はあかんで?それになんか居丈高……」
「日番谷君はちゃんと高校生です」
「お前が店長か?土日24時間いつでも入れるんでシフトは雛森と完全いっしょでいいぞ」
「なにこの子!?」
「実は日番谷君、私の幼馴染みなんです。どうしてもここでバイトしたいらしくて………」
「雛森といっしょに入れるなら最悪バイト代無しでもいい。あと気安く桃って呼ぶな」
「扱いにくそう!こんなバイト嫌や!それにあからさまな桃狙いやんけ!」
「でも………』日番谷君ならきっと平子店長の3倍は働いてくれると思うので私的には大歓迎です」
「中学生は無理!」
「高校生だっつうの。俺が入った暁には雛森には厨房オンリーの仕事をさせる。接客は俺、お前と強面のおっさんは各部屋の掃除な」


てきぱきと仕切る日番谷君に平子店長がギリリと歯を鳴らし、


「誰が雇うかアホー!!!」



今日一番のビッグサウンドがフロアに響き渡った。





*結局掃除係で雇われる日番谷君
まさか桃ちゃが登場するとは思わなかったよ!

2021/05/21(Fri) 15:41 

◆赤いストロー 



朝食は遅めのブランチだった。
初夏の朝に相応しく、小さなテーブルに白い日差しが眩しい、そんなありきたりの朝だった。
レタス、トマト、ブロッコリーにベーコンエッグ、具沢山味噌汁に白米という和なのか洋なのかよく分からない取り合わせにとりあえず二人して手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」


向かい側で同じように手を合わせた桃と目が合うとどちらともなく微笑んだ。目玉焼きにかけるのは醤油かソースかの論争を軽くして桃が俺に醤油差しを手渡してくれる。その時軽く手が触れて、何気ない偶然にも心臓が過剰に反応した。それは桃も同じだったらしい。



夕べ、俺は桃を帰さなかった。終電までにと急く彼女を引き留めて、果ては終電で帰るなんて危ないからと揺さぶった。手加減なしのしつこさに桃が飛んでも起こしもせず、企み成功とほくそ笑んだのは秘密の話。
女と同棲だなんて絶対嫌だと思っていた。誰かが自分の領域内に居座るなんて堪えられないと思っていた。恋人ができても自分の時間は確保したいし侵されたくないと、相手も同じ考えの持ち主を望んでいた。けれど桃に出会ってからの俺は今までの理想を悉く覆して。自分のテリトリー内に桃を置くことを望み、離れている時も彼女に想いを馳せてしまう。自分の時間がなんだって?我ながら虚言かよと思うほど言ってることを180度変えてしまった。
桃の焼いたベーコンエッグは半熟で俺好み。こんな些細なことにも心が満たされる俺は相当のぼせ上がってる。

「なに笑ってるの?」
「何も笑ってなんかないさ」
「ふーん、あ、コーヒー飲むよね?」
「ああ、アイスで」
「ホットじゃないんだ?」

ああ、アイスだ。この茹で上がった頭を冷やすためにとびきり冷たいアイスコーヒーを所望する。桃は冷蔵庫から炭焼珈琲のパックを出して氷の入ったグラスにそれを注ぐと俺の斜め前に「はい」と置いた。続いてトマト色のストローを。

「シロちゃんにいいことありますように」

俺んちのどこにこんな赤いストローがあったんだろう?
いつもと違う色のストローに、グラスがカランと早い夏を知らせる。
祈りの言葉を俺に投げ、少し年上の顔して桃がこめかみにキスをくれた。


どうか明日も明後日もこの幸せが続きますように。


*aiko好きだー

2021/05/05(Wed) 06:23 

◆東京ゴッドブラザーズ面白そう 



1年前、母親は若い男と姿を消した。
飲んだくれの父親はどこかで野たれ死んだのかひと月前から帰ってこない。
やった、俺は自由だ。
そう思ったらごみ溜めみたいな家に居続ける理由もなく、橋の下の段ボールハウスの一員になっていた。まったく、どうして馬鹿みたいに律儀にあの家に帰ってたんだろう。バイト代はことごとく酒代に消え、文句を言えば殴られる。いいことなんか何一つ無い家だったのに。

「冬獅郎、寄り道せずに帰るんだぞ。今夜は雨が降る」
「わかった。お疲れっす」

バイト先のラーメン屋のオヤジは口は悪いが気のいい人だ。深いわけも訊かず未成年の俺を雇い何かと面倒をみてくれる。俺は店を出て上着のジッパーをあげながら今夜もまた狭く暗い寝床へと向かった。
生活の苦しさは変わらない。しかし暴力とやるせなさに苛まれることもない。ホームレスと呼ばれる身の上だが俺の毎日はほんの僅か、快適になった。
コンビニの弁当とラーメン屋のオヤジが持たせてくれた煮卵をぶら下げて住宅街を抜ける手前、電柱下に置かれた数個のゴミ袋から物音がした。明日の収集日に前日の夜からゴミを出す人間は多い。前日からゴミを出すなと貼り紙がしてあるにもかかわらず堂々と置いてある。こんなのを見ると何のためにルールがあるのか分からなくなるな。そのエゴの塊から音がした。猫か?大して気にもせず通り過ぎようとした俺だが次いで聞こえた音にギョッとする。


「っう…ふぎゃあああ!ふぎゃああ!!」
「へ?」

流石に立ち止まってしまった。明らかに赤ん坊の泣き声。アラームかおもちゃか?でもそれにしてはいやに鮮明な。俺はコンビニ袋を持ったまま、ゴミ袋の1つを横に避けた。電柱に沿うように置かれた黒いスポーツバッグ。その中から爆音は聞こえてくる。嫌な予感に恐る恐るチャックを開ければ、

「………マジか」
「ふぎゃあああ!」

白いおくるみに包まれた赤ん坊だ。こんな小さいの見たことない。けたたましく泣き喚く赤ん坊を俺はただ茫然と見ていたが、ふと一枚のメモに気がついた。

「桃です………………お前の名前か?」
「ふぎゃあああああ!!!」

ぼんやりと呟いた俺に答える訳もなく、赤ん坊は怒号のように泣き叫んだ。


俺が桃を拾った日のことだった。

2021/05/03(Mon) 09:54 

◆某cpが十○国記パロをしてたやつのパロ 




*麒麟と王


ふわりと白い鳥が舞い降りたのかと思った。それほどに彼の仕草は一つ一つが流麗で美しい。


「天命をもって主上に御迎えする」


彼の一挙手一投足、声を発する、鼓動、すべてに銀色の髪が繋がっているようだった。ほんの些細な振動にも毛先が揺れて見えた。
見上げなければならないほどの長身を深く下げて桃の目の前に膝跨いだのは一国に一の最高位の神獣。

「御前を離れず、詔命に背かず、」

王を選び自らの王以外にはけっして叩頭しない。この神獣に選ばれた王が玉座に座れば天災は免れ妖魔の襲来は減るという。

「忠誠を誓うと、誓約申し上げる」

膝をつき、頭を下げた彼を桃は瞬きも出来ずにに見つめていた。陽の光に溶けてしまいそうな銀髪が彼の鼓動に合わせて震えている、ただそれだけが分かる。圧倒的な驚きと戸惑いが押し寄せる間も頭の何処かでそれを美しいと思っている自分がいる。


「あたしが…王?」


なんとかそれだけを絞り出した桃に銀色の麒麟は顔をあげ一度だけ、しかしはっきりと上下させた。その瞬間桃の心臓が大きな音をたてた。

「な、何を言ってるの、冗談はやめてよ人違いよ、さぁ早く立って、」

焦りながら膝をつく彼を立たせようと手を出せば、骨張った掌がそれを受け止めて。

「臆するな、誓うと言っただろう?俺がお前を選んだ。もう俺達は生きるも死ぬも共にある」

桃の手を掴んだ手は妙に力強く、強引な運命の渦に足が震えだした。
とんでもないものに巻き込まれた……!
そう思った桃の心を読み取ったかのように太々しく麒麟が笑った。



「ふええぇ!!」






*某cpがパロってたのにめちゃ悶えてしまった。幼馴染みが実は麒麟だったとかいう設定ないですかね?
十ニ国記、買ったはいいけどまだ読めてないです雰囲気話です

2021/05/02(Sun) 07:04 

◆チャラ男君と夢見る少女 



*現パロ日雛


あまりにも間抜けな顔をしてたから、つい悪戯心が疼いたんだ。なんの変哲もない空を見上げ、珍しくもない飛行機雲を見て「飛行機雲だ〜」なんて、捻りが無さすぎて気が抜けちまった。平和そのものの笑顔が可笑しくてつい一摘まみの刺激を与えたくなったんだ。ちょうどいい高さに唇があったのもタイミングが良かった。桃にとっちゃバッドタイミングか?

「ふむ!?」
「アホ面晒してんなよ」
「は?は?はああああ?!」

桃と青空を遮るようにキスをした。ほんの一瞬、押しつけただけの大したことのない接触。
姉弟みたいな俺達だからこの戯れに恋愛感情は一切ない。ただ桃をおちょくって怒らせたかっただけなのだ。予想は的中、桃はみるみる真っ赤になって眉を吊り上げた。

「シ、シロー!!何てことすんのよ!あたしの初チューを返してよ!ばかー!!」
「へー、初ちゅーだったんだ」

ぎゃんぎゃん喚くのは想定内。俺は五月蝿い子犬には取り合わず、鞄を後ろ手に歩き出す。あー、確かに今日はいい天気だな。

「あたしは馬鹿シロみたいに穢れてないのよ!そんな軽率にキスしたくないの!」
「俺は穢れてねぇぞ」

これには少しムッとして。

「穢れてるわ!あああー!初彼の為にとっておいたあたしの唇がぁ!!」

わーん!と路上で突っ伏した桃に、些か大袈裟だろと言いかけて閃いた。

「あ、じゃあ俺が初彼氏になれば問題なくね?」
「はい?」

名案だな、と指を鳴らしたその直後、桃の絶叫が青空に広がった。

嫌だぁぁぁぁぁ!!!!!!





*ここから日雛ラブストーリー始まる?
御無沙汰してます生きてます

2021/05/01(Sat) 17:53 

◆あなたに微笑む 



*リーマンひつ×新社会人雛


土手の桜は先手をきって花を咲かせたせいで四月を待たずに散り始めた。風が強いせいもあるだろう、満開だからなんだ?とばかりに足元には白い花弁が降り積もる。
お早うございます、とおどけた挨拶と共に下から見上げられ、柄にもなく驚きの声が出た。

「うわ!」
「あははは、びっくりした?」

なんだ桃か、急に出てくんな。
ガキ臭い行動に顰めっ面をして見せたが胸の鼓動は外面ほど早くは治まらない。髪を降ろし薄化粧をし耳にはピアス、つい1週間前に見た時は普段と変わらぬ姿だったのにこの化けようは狐か狸か?

「…………もしかして仕事か?」
「そうだよ、今日は入社式なの」
「ふーん、遅刻すんなよ」
「初日からそれはないよ」

あの小さかった桃が早社会人。制服姿で騒いでいたと思ったら、いつの間にか色鮮やかに咲いていた。もう気軽にチビスケ等と言えなくなって胸の鼓動は速まるばかり。
控えめなルージュがにこりと弧を描いて音を奏でる。
香水とはまた違う、甘い匂いが流れてくる。
速まるばかりの心臓を誰かがガツンと1発殴りやがった。

「桜、散るの早いねー」
「今年は暖かかったからな」
「せめて入社式までもってほしかったなぁ」

残念そうに落ちていく花を見ていた桃だがそれ以上感傷に浸る気もないらしく、「先に行くね」とヒールを鳴らした。「転けるなよ」と兄貴ぶって言えば「うるさい!」と可愛くない妹の返事。けれど振り向いた桃は笑ってて、薄桃の雪を操るように笑ってて。俺は痛む心臓を強く押さえた。




桜は舞う。散るのではなく舞うのだ。




*歳の差ええな
山桜の花言葉に震えた

2021/04/02(Fri) 12:07 

◆WD日雛 



*社会人パロ


12時を回って直ぐの車中で、言葉少なに渡された小さな箱は白とピンクのラッピングで可愛く包装されていた。VDのお返しだと察したあたしは笑顔で受け取り、彼に促されるまま包装を解く。甘いのが苦手な日番谷君が選ぶお菓子ってどんなだろう?そんな軽口を叩きながら、でも期待して。甘いものは苦手だといつも言っているわりに毎年彼がくれるお返しはセンスの良さが溢れてる。さて今年はなんだろう?と蓋を開ければマシュマロもマカロンもクッキーもチョコも入って無くて、代わりにシルバーリングが光っていた。

「それ、左手の薬指にしか嵌まらないから」
「……あたしに?」
「他に誰がいるんだよ」

思いがけないサプライズにあたしは助手席で泣いてしまった。日番谷君との未来を考えたことはあるけれど、まさかこのタイミングでぶつけられるとは思わなかった。跳ね回りそうな感情に我慢できず、そのまま彼の部屋で朝を迎えるとあたし達は普通に出勤。
プロポーズの余韻を内側に閉じ込め素知らぬ顔で仕事に励むこととなる。



のだけど当然ながら14日のWDは続いてて、始業前に顔を合わせた同チームの仲間達が次々とVDのお返しを渡してくれた。

「お早うございます」
「おはよう雛森、今日WDだろ?これお返し」
「わ、ありがとう」
「雛森さん、僕からもこれ。気にいるといいんだけど」
「わぁ、可愛い。ありがとう」
「桃、ほらお前の好きそうなやつやるわ」
「ありがとうございます」

等々、先月ばら撒いた義理があちこちから返ってきた。勿論あたしも相手もほんのご挨拶程度の物しか渡していないから職場のVDは専らお中元かお歳暮みたいになっている。なのにさっきから背中に刺さる視線が痛いったら。

「おい……」
「な、なんでしょう」
「早速浮気か?」
「なに言ってんの、これはただの親睦を深めるための、」
「職場の男と親睦を深めてどうすんだよ」
「女の人にも渡してるからね」
「見境無しの尻軽かよ」
「し、ちょっとその言い方はないんじゃない?」
「そもそも気軽にチョコを配るな」

真後ろから呻くように文句を言われても会社じゃ盛大に反論できず、あたしの後を御機嫌斜めの銀髪犬がつきまとう。やきもちは嬉しいけれどしつこいのは困ります。

「あっ、お前指輪は?」
「?無くすと困るから日番谷君の部屋に置いてきたよ?」
「ばか!!付けとけよ!!!あれは俺のもん、ていう印だぞ!!!」
「ちょ、しー!」


激昂した日番谷君の声がフロアに響いた。慌てて彼の口を手で塞いだけれど時既に遅し。
その日から社内公認になりました。


*ひつの計算かもしれない

2021/03/15(Mon) 12:06 

◆遊郭パロをポチポチと 





桃は冬獅郎のものではないのだ。桃自身のものでもない。桃のすべてはこの女郎屋が握っており、彼女の意思が介入する隙はない。桃が自分の意思を通すには心も身体も傷を負う覚悟が必要で、ともすれば自身のみならず周りの者をも傷つけるだろう。彼女はそれを最も恐れており、故に従順だ。



小さな箱に仕舞われた人形みたいだと思った。勝手に動かぬよう身体を固定させられて人目に晒される。


「冬獅郎様、桃はこうして冬獅郎様が来てくださるだけで幸せでございます」

枕を並べて微笑む桃は日陰に咲く花のように儚く不憫に見えた。初めて外で会った時、彼女は普通の町娘かと思うほど明るく朗らかだったのに、この遊郭に一歩足を踏み入れれば桃はもう桃ではなくなった。客の要望にただただ応えるだけの人形になるのだ。淫らな女を望む客には少女の顔を隠し、従わせようとする客にはひたすら下手に、拳を振るう客には望み通り、弱者の涙を。
今日、桃の身体に新しい痣を見つけた。そこだけ赤紫色に変色した肌は痛々しく、冬獅郎は怒りに我を忘れそうだった。どうしようもなく腹が立つ。桃を酷い目に合わせるすべてのものが、彼女を救えない非力な自分が。


「桃、いつかきっと俺が…」

見受けしてやる、と言いたいけれど今の自分に一朝一夕で莫大な金を用意できるはずもなく、潤んだ瞳を見つめながら唇を噛んだ。悔しさを滲ませる冬獅郎だが、桃はどこまでも穏やかで。

「冬獅郎様、たとえ束の間の幸せでも幸せだと思えた瞬間があったと思えば桃はとても満たされるのです」
「そんな悲しいことを言うな。いつか絶対にお前をここから出してやる」




それは桃へというよりも、自分へ向けての言霊のようだった。


*どうしてもこんな場面になっちゃうよね

2021/03/13(Sat) 23:11 

◆女雛泥棒 

*原作大人日雛





まるでお雛様ね、と言った副官の言葉に桃の頬が薔薇色に染まった。それが綺麗で可愛くて愛おしくて、内頬を噛んでその苦しさを追いやった。

2人で話してたのは籍を入れて一緒に暮らし始めるだけの簡単な結婚だった。けれどそれを知った松本はせめて桃に白無垢をと迫り、こぢんまりした料亭を押さえて内々の宴を開いてくれた。おかげで俺も黒五つ紋付羽織袴なんてものを生まれて初めて着るはめになっちまった。新婦である桃は松本に引きずられて早朝から白無垢の着付け。十二単衣でもあるまいし、女は大変だなと呆れ気味に桃の完成を待っていたが、出来上がった彼女を見て言葉を無くした。

「どうです隊長、雛森綺麗でしょう?」
「あ………ああ………」

得意気に胸を張った松本の言葉がよく聞こえない。出会ってから数えきれないくらい見てきた桃が桃じゃないみたいだ。でも確かに桃だ。

「ど、どうかな?初めて着るから歩き方もわかんなくて」

やや緊張した表情で笑う桃に、2回目だったら怒るぞと心の中でつっこんで、目は彼女に釘付けだった。色白の肌に薄紅がよく似合う。俯きがちに伏せた睫毛から濡れた瞳が現れる。躊躇なく男を射殺す目だ。
この目は何度も見てきた。それこそ何千何万回も。でも呆れるほど耐性が付かなくて、その都度心を鷲掴まれる。延々と続くループは回数を重ねる度に熱を帯び、もっと独り占めしたくて今日、ついに結婚する。

「2人で並んでるとお雛様ですね」
「え、ええ!?やだ乱菊さんたら、」

揶揄う松本に女雛が照れて赤くなる。俺は抱きしめたい衝動を寸でのところで堪えた。えらい。

「………やっぱり披露宴なんてやめりゃ良かった」
「えっ、なんで?」

小声で漏らしたつもりなのに地獄耳の彼女には聞こえてたか。でも今だけは後ろ向きな呟きも許してほしい。



女雛泥棒が現れたらどうすんだ。
 
 

2021/03/05(Fri) 01:02 

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