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□「白が好き 碧が好き」
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いいかげんに生きていたあたしの恋人は、死ぬ間際までやっぱりちゃらんぽらんで。

頭から血を流すあいつを涙と共に見下ろすあたしに向かって「笑って」と言った。





笑えるかってーの。

怒鳴りつけたくなるほど自分勝手。人の気持ちなんかこれっぽっちも考えない男。
そんなあいつの忘れ形見があたしのお腹に宿っていることを知ったのは、ギンが死んで二か月後だった。


















「冬獅郎君、大きくなったわね。」


あたしの膝の上でお座りしているのは息子の冬獅郎。今月で丸一歳の誕生日を迎える。


「姉さんとこの桃ちゃんだって元気そうじゃない。」


「うーん、でもまだ夜泣きが酷いのよね。」



看護士をしている姉の烈の膝の上にはあたしの姪にあたる桃がバタバタと手足を動かしていて脱走を試みるのに余念がない。


「ああ、はいはい、降りたいのね。」



ほら、と姉の手から解放された桃はおもちゃ箱へとまっしぐら。赤と青のブロックを持ち、可愛く小首を傾げた後、赤いブロックをぽいっと投げた。

その様子を姉と二人、目を細めて眺め見る。


「冬獅郎君、人見知りマシになったみたいね。」


「えー、全然よぉ。昨日も隣りの奥さんの顔見ただけで泣き出しちゃって。」



ため息をつくあたしに姉は「成長してるってことよ」と笑ってくれるけど、この誰に向かってもニコリともしない息子は心のどこかが傷んでいるんじゃないかと密かにあたしは心配している。


かぷ、と青いブロックの感触を口で確認する姪っ子。あたしと目が会うとにこーっと天使以外なにものでもない笑顔が返ってきた。



「桃の百分の一でもこの子が愛想良ければなあ…。」


「乱菊ったら。」


嘆くあたしにやっぱり姉はクスクス笑いで返すのだ。


「誘拐されなくていいじゃない。」


「それってフォロー?」


姉は横を向いてお茶を飲む。

はぁ……。


あたしはまた短いため息。


青いブロック片手にまたおもちゃ箱を探る桃は今度は緑のブロックを手にして声をあげた。


「きゃー!」と高い子供の声。


「な、なに?桃ってばどうしたの!?」


慌てるあたしに姉が苦笑。


「この子緑が大好きなの。スプーンもコップも緑、緑で困っちゃう。」


女の子だけれど緑を好む桃は緑色を発掘して満面の笑顔。なるほど、今日の彼女の服もグリーンが基調だ。



「いいじゃない。女の子だからって赤とかピンクにこだわることないわ。」


「そりゃそうだけど…。せっかく桃なんて名前なのに……。」


残念そうな姉の呟きなど知ったことじゃない桃は青いブロックを放り投げ、今は緑のブロックに夢中だ。両手で持って涎でベトベトにしながら緑のブロックを舐めまわしている。…と彼女が突然動きを止めた。


目を見開き、一点を見つめてる。


「桃?どうしたの?」


姉も気付いたのか我が子の顔を覗き込んで声をかけた。

でも彼女の瞬きは再開されず一点に注がれたまま。


「どうしたのかしら?」



「さあ………?」



顔を合わせ首をひねるあたし達姉妹。

やがて桃がゆっくりと口から緑のブロックを外し、ポトリと落とした。


「うきゃあ!」


叫び声を一つあげ、頼りなく立ち上がった彼女はよちよちとあたしの方へ向かって来て、


「え、どしたの?桃…。」


よちよち近付いてくる彼女に手を差し延べたけれど、綺麗に無視され桃はあたしの膝の上にいる冬獅郎の前に座り込んだ。そして二人顔を付き合わせる。


無言の冬獅郎が桃を睨みつけてる。幼児のくせに凄むなんてお前って子は……。


けれどそんな冬獅郎の睨みも気にせず、桃はあたし達の前におすわりして冬獅郎と鼻面を付き合わせた。そして、


ぺちん!


「あっ!ダメよ桃!」


可愛い桃の紅葉の手が冬獅郎の顔面にクリーンヒット。
慌てて姉さんが桃を引き離したけれど、元気な姪っ子は唸り声をあげて抵抗している。

「うー、ぶー、」


「桃ってばいきなりどうしたのかしら?」


ぶたれたくせに平然としている冬獅郎を座らせ直しながらあたしは首をひねる。桃の動機が全然わからなくて尋ねるあたしに姉は苦笑して答えた。


「あー、たぶん冬獅郎君の瞳が綺麗で触りたくなったのよ。」


姉の膝でようやくおとなしく座ることを決めたらしい桃が冬獅郎に向かって満面の笑顔を投げかけた。


「あれ……、冬獅郎?」


笑ってる…………。
冬獅郎が桃に向かって手を伸ばしている。



「ふふ、二人は仲良しね。」


姉も冬獅郎に笑いかける。



そういえば、


あたしもあいつの光り輝く銀髪が好きだったな………。











あたしは目の下にある柔らかな銀髪にそっと頬を寄せた。


あの日以来流さなかった涙が一筋、線を描いた。




 
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