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□過去拍手 頭の上は空
college life
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入学したその日、さっそくスーツ姿の彼女を大学門前で見つけ呼び止めた。黒いスーツに身を包んだ彼女はひどく驚いた顔をしていたけれど、俺とは同じ大学だと教えていたから次の瞬間、会えて嬉しいと笑ってくれた。
あの日、高校の卒業式の日に初めて俺に向けてくれたあの笑顔で笑ってくれた。
すぐに別れたくなくて、彼女を大学近くのこの店に誘った。たまたま目についたのがこの店だったんだ。
その時雛森といっしょにいた彼女の従姉妹だとかいう派手な姉さんは、俺を上から下まで見倒した挙げ句、赤いマニキュアが塗られた指を俺の胸に指しあてて、「いい?あんた桃に指一本でも触れたら殺すわよ。」なんて言いやがった。
初対面で、だ!
何でも雛森は、その従姉妹といっしょに暮らすらしい。だから雛森に関しては自分は責任があるのだと、おかしな虫は近付けるわけにはいかないのだと俺に向かって言い放ち、「桃、あたしは今から仕事に行かなきゃならないけど、もし誰かに変なことされそうになったらすぐに逃げるのよ。」と、雛森の肩に両手を置き、俺をキツく睨み付けて去っていきやがった。
くそ、あの女。
ムカつく。
今思い出してもムカつく。
俺のこと害虫呼ばわりしやがって。誰か、ってあんとき明らかに俺のこと指してたじゃねぇか!
とにかくその日からだ。俺達がこの店で待ち合わせするようになったのは。
学部の違う俺と雛森。
通常の授業で会えることは殆どない。
だから俺はこのカフェを出る時、次の約束をした。明日も会おうと彼女に言った。
ちょっと必死だったかもしれない。
何しろ、俺は雛森のことをよく知っていたけれど、彼女は俺のこと卒業式の日に初めて認識してくれたんじゃないだろうか。
繋がりとも言えない途切れそうに細い糸で繋がっている俺達。そんな風に思えて別れ際に明日会う約束をした。
雛森の中の俺の存在をもっと大きなものにしたくて必死だったんだ、きっと。
そんな俺の勢いに押されたのか、雛森は恥ずかしそうにしながらもコクンと一つ頷いて、やっぱりあの笑顔を俺にくれた。
締め付けられる。
彼女の笑顔に心が。
高校を卒業して、
大学に入って、
彼女と距離が縮まって……。
温かだった雛森の笑顔。
いや、今も彼女の笑顔は俺の心を温めてくれる。
けれどもそれはいつからか少しの締め付けを伴って……。
日毎にキツく締め上げられて、いつかきっと暴れ出す。自分でもわかっているのに何も手を打たないのは、心の奥でそれを望んでいるからだ。
そしてこの感情の名前を俺はとっくに知っている。