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□桃誕 過去拍手 「春の名前」
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春の名前

*君は誰ですか?













銀髪碧眼、年の割に小柄な身体に鋭い目付き。

大人も子供も皆俺のことを気味悪がって近付かない。







だから俺はいつも一人だ。





別にそれならそれでいいさ。人は集まればいがみ合うし罵りあう。
表面ではニコニコしてても裏では陰口を叩いてるなんてざらにある。下手な愛想笑いしてそいつらの仲間になるより最初から一人の方が清々するってもんだぜ。

俺は一人で身のまわりのことができるようになったらすぐに村から距離をおいた。












俺は今日もいつもと同じように川へ水汲みに出かける。


「あち…。」


季節はもう初夏と言ってもいいくらいに暑く、真っ青な空に浮かぶ雲と、明るい日差しを撒き散らす太陽は紛れもなく春を押し退けた様相だ。

四月始めの頃は見事な花を咲かせていた桜の木も、今では葉桜となって木陰を作ってくれている。


「重いな…。」


毎度のことながら水汲みは骨が折れる仕事だ。
桶を掴む手がじん、と痺れるほどに。
加えて朝からこの陽気、暑さに弱い俺はほんとに…。


「まいるぜ、ったく…。」


桜の木の下に水の入った桶を置き、その隣りに座り込むと太い幹に背を預けた。





「はあ…、疲れた。」





「くす。」





「……………。」







なんか、…聞こえたような?


でも辺りに人影はなく、遠くで鳥のさえずりが聞こえるだけ。鶉(ウズラ)かな。


ま、いいか。気のせい気のせい。





「はあー、きっと疲れてんだ俺。」



「くすくす。」



「!」


やっぱり誰かいる!



「………誰だ…?」





俺はもたれさせていた背を起こして警戒する。


「こんにちは。」


今まで俺が背をつけていた桜の幹からひょっこりと女が顔を出した。


「………誰だ?」


俺と同い年くらいだろうか。十五、六歳に見える。

黒髪を後ろでお団子に纏め、桃色の着物をきた少女。





愛くるしい顔だち、
その大きな瞳は藍色で、

どこまでも透き通った藍色で……。


こんなやつ、この村にいたか?
見たことない。


俺が言葉を失っているとそいつはぴょこんと俺の前に飛び出して。俺を見て、相変わらずクスクス笑う。




「何笑ってんだよ。」


睨んでやった。

どうせこいつも村の人間だ。俺を見て笑い、陰口を言う奴等だ。


「だってため息ついてばっかでオヤジ臭いんだもん。`はあ、疲れた´だって。」



俺の口真似をしてみせた女はまた笑った。



「うるせえよ。あっちいけ。」


低い声を出して、俺を見下ろす女を拒絶する。けれど女はちっとも気にすることなくニコニコするばかり。


「手伝うよ、水汲み。」


「は?」


「シロちゃん、いつも一人で頑張ってるから、手伝う。」


「シロ………?」


「そうシロちゃん。」





女は真直ぐ俺を指差す。





「俺は冬獅郎だ!」


「だよね。だから冬獅郎のシロちゃん。かーわいーい!」

「馬鹿か!人をおちょくるのもいいかげんにしろ!あっちいけよ!」


得意気に手を叩いていた女をドンと押して怒鳴りつけた。
たまにいるんだ。興味本意か怖い物見たさか知らないが俺に近寄ってくる奴が。



でもやっぱり女はちっとも堪えた感じではなくて。

一歩、俺に近付くと顔を覗きこむ様にして笑顔を向けてきやがった。

「おちょくってなんかいないよ。シロちゃんは本当に可愛い。」


「おい、しつこい…」



「それに、優しい。」



「あのなあ…。」



「知ってるもん。シロちゃんはとっても優しい。」



俺の顔をまっすぐに覗きこんだまま、そいつは柔らかく微笑んだ。


















世界に色がついた気がした。







 
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