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□過去拍手・水中桜
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「ふわわ!……っと。」



桃達の住む家の近所に数羽の鶏を飼っている家がある。

そこから一個だけもらってきた玉子を桃は大事に持って運んでいた。

落とさないように
潰さないように
転んだりしても大変だ。
けれど早く玉子を持って帰りたい。

急く心とは裏腹に足取りは慎重だ。

何しろこれは冬獅郎を元気にしてくれる大切な玉子。絶対に落として割ったりしてはいけないのだ。

いつも一瞬で駆け抜ける家と家との距離が、今日はとてつもなく長く感じる。


「…ふう。」



気を張っているせいか疲れてしまった。
桃は足を止め息をつく。


桃の小さな掌の中には白い玉子がころりと可愛く収まっている。その白くて丸い魔法の薬を見て桃は嬉しそうに笑った。






ひら








「?」


掌の玉子の上に何かが落ちた。
よく見れば、それは薄紅色の花びら。
桃は玉子を持ったまま顎をあげ、上を見て見るとーーーー



「わあ、きれい……!」



空を消してしまったかのような桜達。桃の知らないうちに桜はすっかり満開の時期を迎えていたのだ。



「…そういえば今年はお花見してないや。」


僅かな微風に舞う花びら

その花びらが川に落ちて流れていく。
何枚も何枚も



それが水の流れの無い所に溜まって




「…川が花びらで………、」




埋め尽くされていた。


薄桃色で覆われた光景は、幼い桃の心にも何かを投げかけたようで、きゅ、と玉子を包む手に力を入れると、桃は冬獅郎と祖母の待つうちに急いだ。


























「婆ちゃん、桃は?」


玉子粥を口に入れて祖母に尋ねる冬獅郎。


今、冬獅郎が食べている玉子粥の玉子は桃がもらってきてくれたものだ。
祖母が作ってくれた粥は弱った身体に染み透るように旨い。
病気ではないが桃だって、これを見ればきっと食べたがる筈だ。

一口くらい食べさせてやろうと思ったのに…。

家の中を見回して桃を探すけれども、いない。


「桃は玉子を持って帰ってすぐに桶を持ってどこか行ってしまったよ。」


「桶…?」


「何するんだろうねぇ?」





二人で首をひねった。


























 








「ただいまぁ!」


「出たり入ったり忙しい奴だな…。」


桃の声がして、冬獅郎は粥を食べ終えた空の器を横に置いた。


「桃、どこいって……。」


かなり回復した冬獅郎が、口を開いて固まった。

桃が大きな桶に水を湛えて家の中に入ってきた。


「おっとっと……っと。」


「馬鹿!何やってんだ!?家の中で水をぶちまけるつもりか!」


「…よいしょ、ふう、重かったあ…。」


冬獅郎の怒声など耳に入っていない桃は桶を冬獅郎の布団の横に置くと一息ついた後、えへ、と誤魔化すように笑った


「いったい何を持ってきたんだ?」


「見て、シロちゃん。」


「何………。」




桶に入っていたのは水に浮かんだ一面の花びら。




「これ………桜?」


「そうだよ。今、満開なの。今年お花見出来なかったでしょ?だから。」


桃は花びらの一枚を指ですくって冬獅郎の掌に乗せた。


「枝を折っちゃうのも可哀相だし、川に浮かんだ花びらがとっても綺麗だったから…。」


「川からすくってきたのか?」


「うん。」


こんなにたくさん。
さぞかし重たかっただろうに。




「ね、きれいでしょ?本当はもっときれいなんだから。シロちゃんに見せたくて゛綺麗゛の一部分だけ取ってきちゃった。」



ペロリと舌を出してみせた桃に徐々に赤くなる冬獅郎。



俺のため……?



「シロちゃん……顔赤くなってきたよ?また熱上がってきた?」


不安げに手を延ばす桃。
冬獅郎はそれを「なんでもねぇ。」と払いのけて桶の中の桜に手を延ばす。


水の中に漂う花びら一つをひとさし指に乗せて、桃の鼻の頭にくっつけた。


「ふぇ!?」


素頓狂な声をあげる桃にニヤリと笑うと



「似合ってる。」


それだけ言って、冬獅郎は布団を頭から被った。
























水面でゆらゆら揺れる花びら達はとても綺麗だった。


それを見せたかったと笑った君はもっと綺麗で











素直にありがとうが言えなかった。












 
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