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□過去拍手「それが手遅れ」
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例えば、恋人や伴侶にするなら絶対に知的美人がいいと思っていた。


何事もそつなくこなし、一を言えば十を悟ってくれるような女。ついでに言うと食べ物の好みなんかもあえば困らないし、家事等も要領よく片付けてくれるやつ。









「日番谷君、それ食べないんならちょうだい?」


今、ここは甘味処。
目の前には日番谷の団子をねだる五番隊副隊長 雛森桃。


「………ほらよ。」


「わーい!ありがとー日番谷君。」


はむ、と早速団子を頬張る幼馴染みに日番谷はコッソリため息をついた。


口いっぱいに団子を入れて嬉しそうに笑う雛森は、間違っても知的美人には見えない。
無理矢理連れてこられた甘味処。甘党の雛森は嬉しいかもしれないが日番谷は甘い物は苦手だ。
今日だってまだ仕事は山のように残っていたのに腕を引っ張られてここに連れて来られた。


「お前、本当に人の迷惑顧みないな。」


「ふぇ?あ、もしかして無理に連れて来ちゃって怒ってる?」


途端にしゅん、とうなだれる。
竹串をくわえたまま、上目使いで日番谷を見る雛森。


「////いーよ、別に…。………他の奴誘われちゃたまんねーからな。」


ボソリと呟いた最後の台詞は雛森にしっかりと聞こえていたようで、


「誘わないよ。だって日番谷君と食べるのが一番美味しいもん。」


「////………。いいから早く食え。」


雛森の殺人的笑顔にこの言葉。
普通の男なら自分に気があるのかと簡単に誤解させられるのだが、そこは付き合いの長い日番谷。雛森の言うことに恋愛関係の感情が込められてないことは百も承知だ。

……悲しいけれど。
ていうか散々誤解して今に至っている。


鈍感な幼馴染みに惚れた自分を呪いたくなる。
もっと察しのいい相手なら、今の日番谷の一言が嫉妬だとわかってくれるのに。それを皮切りに恋愛方面へと話をもっていけるのに。



「うう…、おいしい〜。」



ぼんやりと雛森を眺めつつ、そんな埒もないことを考えていた日番谷は、団子の美味さに舌鼓をうつ彼女の声で現実に引き戻された。



「…………。」


「はぅ、あたし幸せ〜。」


「……………。」



団子ごときに幸せを感じる雛森は何度見ても知的美人には程遠い。
感が鋭く大人の恋愛ができる女なんて間違っても言えない。
でも可愛い。

可愛い可愛い可愛い可愛い。百回言ってもまだ足りない。


口いっぱいに団子を頬張ってても、タレが顎についてても、


「ん!? んぐぐー!!」


団子を喉につめたって彼女は可愛い。


「慌てるな。ほら、茶。」



呆れたように日番谷が湯飲みを手渡してやる。
苦しそうに胸をトントン叩いていた雛森は、冷めて飲みやすくなったそれを有り難く受け取りコクコクと飲み干した。


「っはあー!苦しかったぁ!」


「……色気の欠片もねぇ。」


「え?何か言った?」


「べつにー。」



本当にもう、なんでこの少女なのだろう。泣き虫だし鈍感だし直ぐに怒るし食い意地はってるし。


……でも可愛い。
よく変わる表情は日番谷には真似できないものだし、自分のことはさておき、他人のことには敏感だし、



「ありがとう、日番谷君。」


「……!!」



それになによりも、柔らかに微笑む笑顔は破壊力がある。日番谷の嘆きなど簡単に粉砕してしまうほどに。

理想と現実が多少違ってしまったことなど、どうでもよくなるほどだ。



不意打ちかよ……。



「はぁ…、食ったんなら、もう行くぞ。」


「えー、もう?あと一皿食べようよ。お仕事なら後であたしも手伝うから、ね?」


上目使いでのお願い。


「まだ食うのかよ。」


この上目使いに勝てたためしはない。


「それで終わりだからな。」


「わーい、日番谷君大好きー。」



ったく…。


日番谷は心の中だけで数回目の溜息をついた。


結局は彼女に勝てないのだ。

雛森の何気ない言葉やしぐさに一喜一憂させられ、例え無邪気に傷つけられようとも日番谷は彼女が好きで好きで仕方ない。

髪の毛一本に至るまで愛おしみたいのだ。



はぁ………。



こんな甘くて厄介な感情、持つもんじゃない。できれば最初からやり直したい。




…………最初って………いつだ?


恋に落ちたのは………。

















あの日あの場所で彼女に会った。

きっと、もう、その時点で手遅れ。







 

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