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□過去拍手 愛しさ溢れて
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愛しさ溢れて




*原作大人日雛





初めは頑丈な革袋だと思ってても内容物が多くなると自然と薄く伸びてしまう。そこに時の経過が加わればいかなる頑丈な入れ物でも劣化する。内容物の膨張に弾けるか、経年劣化に砕けるか。それとも中身をぶちまける前に捨ててしまうか。
これまでにも選択肢はいくらでもあったのに。






***



年末に仕事を終わらせ大晦日に帰省する。
婆ちゃんが待つ潤林安に着いたら俺は外回りの掃除、婆ちゃんと雛森は家の中の掃除とおせち料理に取り掛かる。
休む間もないほど慌ただしい大晦日を乗りこえれば元旦は一転何もせず3人でまったりだ。これが俺と雛森が毎年の取り決めのように繰り返している正月休みの過ごし方。昔は二人で待ち合わせをして帰っていたけれど俺は隊長、雛森は副隊長と役職を与えられてからはバラバラに帰ることが多くなった。今年はなんとか揃って帰ることができたが仕事納めからの正月準備という怒涛の31日は精悍尽き果てるほど疲れる。が、しかしそれもその後の三ヶ日をゆっくりできると確信しているからこそ頑張れるというもの。とてもじゃないが平素にこのスケジュールだったらキツすぎる。
一夜明けての元旦は雑煮を食って婆ちゃん孝行をして近所に挨拶。主に話すのは雛森だが女は何処にいてもお喋りで、俺は行く先々で待ちくたびれる。「桃ちゃんも冬獅郎君も立派になって」「えへへありがとうございます」な会話はここ五年ほど一言一句同じだと気づいているんだろうか?時候の挨拶にしてもしらじらしくて俺は後ろで欠伸を噛み殺すのに必死だ。挨拶回りなど近所付き合いの煩わしい点だが、これも普段潤林安にいられない俺達の代わりに婆ちゃんのことを頼むためだと雛森は言う。それは分かっているから俺も苦手ながらも雛森の後から付いて回る。
顔馴染みとの挨拶が終わればついでに近くを散歩、後はゴロゴロして日頃の疲れを癒すのだ。この休みのついでに俺は家の傷んでる箇所の点検をし、雛森は婆ちゃんといっしょに縫い物や料理をしている。保存の利く乾物もこの時に作っておくらしい。人手があるうちにあれもこれもやっておけばそれだけ婆ちゃんが楽になるからな。

今は護廷で別々の部屋に暮らしている俺と雛森もこの時ばかりは1つ屋根の下だ。代わり映えのしない、懐かしく、優しい空間。婆ちゃんの笑顔も昔と同じ。柱に刻んだ身長の跡も昔のまんま。
時の進まない空間に、成長した俺と雛森がいると思うと少し照れくさくて居心地が悪くなる。近くなった天井や、低くなった雛森の頭を見ると尻の辺りがむずむずする。だからそこんところはあまり考えないことにしている。


「冬獅郎、風呂が沸いたみたいだから入っておいで。」
「んー。」
「もう暗いから灯りを持っていきな。」
「まだ大丈夫だろ。」


早めの夕飯を終えた後、囲炉裏をかきながら婆ちゃんが呼びかける。西の空はまだ日暮れの様相が見えるけれど東の方では一番星が光っている。こんな時間に風呂が入れるのも正月ならではだ。瀞霊廷にいたならば気合いを入れ直してもう一仕事し始めてる時間帯だろう。俺は着替えを持って薄暗い脱衣所に入ると手拭いを棚に置き何とはなしに風呂場に目をやった。
半開きの戸から湯気が洩れている。
天井から落ちた水滴が湯船を叩く音がした。
薄暗がりの青い世界は邪な者が這い出すのに絶好の機会だ。
もしかして……、
そんな予感が無いわけではなかった。居間に彼女がいないのは当然のように知っている。では何処に?なんて考える暇もない。
長細い隙間の向こう、裸の雛森が体を拭いていた。

心臓が破裂しそうなほど拍動した。















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