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□『怖がりって結構使えると思うんですよね』(彼氏談)
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*日雛学パロ 恋人設定
桃はいつも思うのだ。
なぜこの橋の上には街灯がないのだ、と。
橋に差しかかるまでの歩道には等間隔で白い灯りが灯っているというのに何故ここへきてそれがぷつりと途切れてしまうんだろう。怖いじゃないか。
部活や委員会で帰りが遅くなった日には橋の先の暗闇に足が竦んでしまう。風が生ぬるく騒いでいたり、どこかで得体の知れない物音がしたり、なにか良くないものが出てきそうなシチュエーションが整った時、桃の身体は凍りつく。今日はたまたま冬獅郎がいてくれたからまだマシだが今度遅くなった時にもいてくれるとは限らないのだ。女の子が一人で歩くには危険すぎる。街灯一本でいい、早く改善してくれるよう市長に文句を言ってやりたい。
そして今、冬獅郎がついててくれるにもかかわらず桃は橋の上を見て溜め息をついた。手は繋いでいるけれど、それでも歩みは鈍るのだ。
「どうした?」
「……なんでここの橋ってこう暗いのかな…。」
「そういやそうだな。」
恨めしそうに前を睨む桃に冬獅郎も灯りが途切れていることに今気づいたようだ。
そういうところは男女の差なんだろうか。桃はこんなに暗闇に敏感なのに、事も無げにさらりと言うところが憎らしい。もし桃が言い出さなかったらきっと冬獅郎は橋の暗さをなんら気にすることなく渡ったんだろう。死後転生なんて考えたこともなかったが生まれ変わったら男がいいと少し思う。女でいるよりもかなり怖いものの数は少ない気がする。
「はぁ……。」
急に足取りが重くなった恋人の顔を見て冬獅郎が繋いでいる手を「ほら」と持ち上げてみせた。
「今日は怖くないだろ?」
手を繋いでいるのだし自分もいるし。そう冬獅郎は言いたいのだろう。
けれどお化け屋敷に入る時いくら手を繋いでいても恐怖心が無くならないのと同じで大好きな冬獅郎といっしょでも怖いものは怖い。かといって他の道を選べば非常に遠回りすることになる。諦めて渡るしかないのだ。
「あはは…そうだね…。」
せめて早足で渡ってしまおう。
桃は引きつった笑顔を返して暗い橋へ足をかけた。
その時、
「きゃ、」
「これなら…少しはマシか?」
繋いでいた手を離して冬獅郎は桃の腰に手を回して引き寄せた。ぴったりと寄り添った身体に桃の心臓が飛び跳ねる。
「シ、シロちゃん、これ…、」
「まだ怖かったら教えろよ。」
「う、うん…。」
見上げればすぐ上に冬獅郎の顔があって桃は慌てて俯いた。周りの暗さどころじゃなくなって、冬獅郎が触れている腰の部分が緊張する。
「こういうの役得っていうのかな…。」
「ふぇ?」
ボソッと呟かれた言葉に桃が上を見れば何だか冬獅郎の瞳がいつもと違う気がして、また慌てて俯いた。もう怖がるどころの話じゃない。いやに色っぽい目つきの冬獅郎に桃の頬が熱くなる。
こ、困る………!
一気に緊張した顔つきの桃に冬獅郎はくすりと笑っておでこにキスした。
「シシシシロちゃん……!」
「ここいいな、暗いし人通りも少ないし誰にも邪魔されねぇ。」
「え?え?あの?」
「ゆっくり時間をかけて渡ろうぜ。」
うぎゃーーーー!
お化けでも見たのかと思うほどの悲鳴が橋の上から辺り一帯に木霊した。