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□雛は巣に足を掛けた
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日番谷は時々雛森の部屋を用も無く訪れる。
今日も昼下がりに突然現れて、雛森が部屋に入れるとストンと窓辺に座り、爽やかな風を浴びている。


「日番谷君、御茶どうぞ。」


「あぁ。」



桜の季節も終わり、今、雛森の部屋の窓からは色づいた花水木がよく見える。
今日の日中は汗ばむほどの陽気だと予報に出ていた。部屋の中はちょうどいい気温だが、太陽の下なら暑いのだろう。
日番谷に麦茶を出して良かった。暑さの苦手な彼はきっと美味しく飲んでくれる。





「気持ちいい天気だねぇ。」


「そうだな。」


雛森に短く返事して彼は湯のみに手を伸ばした。日番谷が一口飲んだのを見て雛森も自分のを手に取った。

とてもゆったりとした時間が進む。潤林庵のあの家にいた頃のように。




日番谷が時折雛森の所へ来るのは仕事に復帰した自分の様子を伺いに来ているのだろう。でも身体の調子はどうだとか仕事はこなせているのか等の質問は一切せずに、彼はただこの部屋で時間を潰していくだけだ。
わざわざ聞かずとも互いをよく知る者同士、顔を見て言葉を交わせば相手の具合は何となく分かる。


たとえば今日の日番谷は少し疲れている。寝不足続きなのかお肌の調子もよくなさそう。雛森の淹れたお茶を身体に染み渡らせるようにゆっくりゆっくり飲み、しばしの休息を味わっている。きっとこの後彼はまた十番隊へ戻るのだ。



この不定期的に作られる二人の時間が雛森と日番谷を潤林庵時代に戻していくようだ。
代わり映えのしない毎日が変わることを期待して、未来を渇望していた幼い頃に。
あの頃は「懐かしい」の意味も知らなかった。


雛森は窓辺に座る彼をしみじみとした目で見てしまった。その視線に気づいた日番谷になんだよと睨まれ、何でもないと言って御茶を飲んだ。


もう初夏なんだろうか。窓から入る風が気持ちいい。こっちを見る日番谷の前髪を撫で、部屋の中でくるりと回ると雛森の髪もふわりと揺らした。

「髪、伸びたね。」


「最近鬱陶しくて困る。」



一房垂れた銀髪が翠の瞳に掛かっている。自分の髪をうるさそうに払っても彼のトレードマークはすぐ元通りだ。その前髪を払う仕草が猫みたいで雛森はつい笑った。


「ね、髪、切ってあげようか?」


「そうだな…頼むか。」


「よし、任せなさい。」


さっそく雛森が身軽に立ち上がって髪切り鋏と手拭いとを持ってきた。板場に日番谷を移動させ、シートの上に座らせる。くるりと日番谷の肩と首を手拭いで覆うと軽く髪を濡らして櫛で梳いた。





 
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