短編1

□スイッチ
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俺が見たいのはあいつがいる風景。俺が聞きたいのは俺を呼ぶ澄んだ声。俺が感じたいのは、甘く、酸っぱい、桃の香りだ。



















「シロちゃん、今日の昼休み、また呼ばれてたね。」



はい、どうぞの声とともに桃が俺の前にメインを置いた。どうやら今夜はチキンステーキらしい。桃は俺んちのキッチンで、俺の母親のエプロンをつけ、いそいそと晩飯を作りあげる。


週に何日か仕事で遅くなる俺の母親から、いまだに俺の面倒を頼まれている桃は時々夕飯を作りにきてくれる。
ガキ臭くてもうやめてくれと母親に訴えても、桃ちゃんがいると安心だから、と俺を飛ばして直接桃に頼む始末だ。きっとこんなところも桃の姉っぷりを助長しているんだろう。お前ももうそろそろ断れよ。いつだったか桃にそう言ったらニッコリ笑顔で微笑まれ、「なんで?シロちゃんに晩ご飯作るくらいお安い御用だよ。それにあたしもシロちゃんがずっと家に独りきりだなんて心配だもん。」ときた。

俺をいくつだと思ってんだ。今どき小学生でも一人で留守番してるっての。


桃んちの親も年頃の娘をよく男と二人っきりにするよな。……そんだけ俺が安全な男だと思われてるってことか?


冗談じゃねぇ。嬉しいけど冗談じゃねぇぞ。このままじゃ俺は過保護なお子様だ。本当は一人でいたって平気だし、飯だって作れる。桃の手なんか借りなくてもなんだってできるんだ。
むしろ暴走しそうな本能と闘わなくちゃならないから、そっちの方がたいへんだ。


「あ、このソースうまくできたー。ね、シロちゃん、そう思わない?」


俺の向かいでナイフとフォークを使う桃。


「………うまい。」


「だよねー、よかったぁシロちゃんにおいしいって言ってもらえて。」


「………。」



暴走列車の本能が理性を弾き飛ばしそうなのは困るけど、実は桃と二人きりの食事はそんなに悪くない。
姉貴面されるのは面白くないけれど、桃と過ごす時間があるのは正直嬉しい。
くるくる変わる表情は見ていて飽きない。




予想に反して桃は大きくならなかったけれど、予想通り桃は可愛くなった。

ものすごく、可愛くなった。

多少の世話焼きは目を瞑る。桃が俺を慕ってくれるのは大歓迎だ。









あと少し、桃が俺を男として見てくれたら。それだけなんだ。





 
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