短編1
□スイッチ
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俺は足を止めて自分の校舎に戻る桃を目で追った。
中学の三年くらいで俺達の身長は逆転した。部活の影響もあるんだろうか、サッカー部に入った俺はチビの名を返上するようにグングン伸び、美術部に入った桃は以外にも大して大きくならなかった。
今では頭一個分、俺のが高い。
理科Tの教科書を小脇に抱えた桃が頭のリボンを揺らしながら歩いている。
嬉しそうな顔しやがって。目尻も眉も垂れまくってるぞ。どうせまた職員室からの帰りだろう。
俺は誰にもわからない舌打ちをひとつした。
ずっと見ていたからだろうか。それともたまたま偶然か、桃が俺の方に目をやった。遠く桃から離れた場所にいる俺に気がつくと満面笑顔になって忙しなく手を振ってきた。
とくん、と一度、鼓動が強く。
素直じゃない、俺ってホント。
桃に気付いてもらえてたまらなく嬉しいくせに、ただ眉間に皺寄せて片手をあげることしかできない。
「……日番谷君?」
前を歩いていた女がついて来ない俺を振り返って呼んだ。その声に身体を動かした俺の様子でそれと察したのだろう、遠くの桃が小さく謝罪のつもりか、肩を窄めて両手をあわせて謝る仕草をした。
はぁ…。
俺は女に目を向けて、遠慮のないため息をついた。
「どこまで行かなきゃなんねえ?用事なら今ここで聞くけど。」
なんかバカバカしくなってきた。なんで俺は見ず知らずの女のために時間を割いてんだ?これがあいつならきっと一日中でもついて回ってやれるのに。
たった今見た笑顔の花を咲かせた桃が脳裏にちらついた。あいつのあの様子じゃ、俺がまた女に呼び出し受けたことに気づかれたな。「邪魔してごめんね。」とか言う口パクをはっきり目撃してしまった。
低く言った俺の声音に呼び出した本人が言葉に詰まる。赤い顔で視線を彷徨わせる様はあいつがあの男の前でよくやる姿とダブって見えた。
さっさと言わないその態度に苛立って、俺は短く舌打ちを。恋する女の態度なんてどれもこれも似たようなもんだ。特に心を奪われることもない。
でも、あいつの恥じらう姿だけは見たくない。頬を染めるあいつがいると思ったら、いつも温厚な教師がそばにいる。
ほのかに色付いた笑顔は向けられた者をも笑顔に変える。潤んだ瞳で上目使いなんかされちゃ言葉を無くす。
あの教師がそんな桃の視線を優しく躱せるのは大人だからか、単に鈍いからか。けれどはっきりしているのは、たった一人にだけ与えられるその特別は、残念ながら俺じゃないということだ。
俺は募る嫉妬をため息で包んで吐き出した。
「だりぃから俺もう帰るわ。」
「えっ……あの、ちょっとまってよ!まだ何も…。」
くるりと背を向けた俺の後ろで甲高い女の声が追いかけてきた。
「俺、好きなヤツがいるから。」
顔だけ振り向いて伝えてやった。女がぴたりと動きを止めたのが、視界の端に映ったけれど知らねぇ。
俺は元きた廊下を戻って行った。
女の友達数人が俺に向かって罵りの言葉を放っていたけど後ろを吹く風に興味はない。